清ら松風、月影に謡う 【壱】

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「はい、これ、お土産。篤子の好物でしょ? 召し上がれー」 「ありがとう」 「いえいえ。でも、よくこんなに後口(あとくち)が酸っぱい物、好んで食べるわよね。感心しちゃうー」 「そう言いながら、私よりも珠子のほうがたくさん食べてますけど?」  珠子付きの女房、礼都女(あやつめ)が竹籠から出してくれたお土産の品は、青梅の(かす)漬けだった。私と珠子、それから光成お兄様。幼い頃をともに過ごした三人の思い出の味だ。  こんな物を食べるなど感心すると言われているけれど、青梅を摘む速さも口に放り込む速さも、私は珠子に遠く及ばない。深窓の姫君とは思えない食欲に、呆れ半分の視線を送ってしまう。 「あら、おかしいわね。そんなには食べてないつもりだったのだけれど。じゃあ、私はこっちをいただくから、篤子は遠慮なく青梅を召し上がれっ」 「え? 『こっち』って……」  絶句した。これで解決とばかりに邪気のない笑顔を向けてきた相手が取り出した、竹皮包みの中身を見て。 「うーん。甘栗子(あまぐり)、美味しーい!」  石焼きにした山栗の甘煮。いったいどこに隠し持っていたのか、ぺりっと広げられた竹皮には、ほくほくと柔らかそうな甘栗子(あまぐり)がごろっと詰まっている。 「どうしたの? 私はもう青梅は要らないから、篤子、どうぞ? お兄様との思い出の味、でしょ?」 「あ……うん」 「篤子がこれを好物だと言うようになったのは、お兄様がこうやって貴方(あなた)のお口に入れたあげた〝あの時〟から、よねぇ」 「……」  青梅を一粒。細い指が摘み上げて私の口元に持ってくる。その動作とともに珠子が口にした〝あの時〟のことが瞬時に思い出された。
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