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遥かな過去、夏の暑さで食欲が失せてしまった私を気遣い、小さくちぎった青梅の糟漬けを手ずから食べさせてくださった光成お兄様の姿が。
甘え半分で「もう要らない」と突っぱねる度、根気よく優しく食べさせてくださっていた。温かく嬉しい幼少時の思い出。
「仕方ないわよね。わかるわ」
「え?」
差し出してくれた青梅を素直に口を開けて含み、咀嚼し始めた私に、ふっと苦笑が向けられた。
何が、〝仕方ない〟のか。脈絡のない話題転換に首を傾げると、相手の苦笑が穏やかな笑みに変わった。
「『わかる』って言ったの。お兄様はあんなに素敵なお方なのですもの。類稀な美貌と知性に、蔵人所随一の弓の腕前。それに加えての私たちへの温かな慈愛。そんなものを兼ね備えてる人に恋してしまったら、もう他に目は向かないわ。仕方ないから、篤子はずっとお兄様を好きでいていいのよ」
「珠子……」
光成お兄様と瓜二つの美しい容貌が、真っ直ぐに私に向けられている。すべらかな頬に、甘栗子の膨らみの曲線を、ぷっくりと丸くつけて。
これは、たぶん左右に一粒ずつ、口に含んでるわね。
どうりで、本来なら心に響くはずの良い言葉が、くちゃくちゃっという咀嚼音と一緒に聞こえてきてたんだわ。全く、もう。神妙で感動的な雰囲気が台無しよ!
この子が、珠子。『大納言家の絶世の美女』として都中の貴公子から懸想文が届く、たおやかな姫君の本性は、わりと雑な自然体だ。
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