清ら松風、月影に謡う 【壱】

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 だから、私と気が合うし、私も珠子には何でも素直に話せる。 「ふふっ。ありがとう、珠子。優しい言葉、嬉しい。でもね、大丈夫。私、もう大丈夫なの」 「えっ?」  まだ形にはなってない。輪郭しか、掴めてない。  けれど、珠子には言いたい。今、伝えたいと思ったから、声を紡ぐ。 「光成お兄様のことは、とても好き。今も毎日、大好きって思う。だけどね、その『好き』と同じくらいの気持ちを(いだ)ける人がね、他にも現れたの」 「え……」 「あ、まだ確証はないのよ。自分でもその辺りはふわふわしていて、ちゃんとした形を成していないってわかってる」  そう、確証はない。ずっと、誰にも目もくれず。一途に想い続けてきた光成お兄様への気持ちと同じものなのか。わからない。掴めていない。自分のことなのに。 「でもね、大事なの。とても大事で、その人と居ると心がぽかぽかと温まるの」  それでも、温かな『好き』が胸の内を占めてくる相手だということは自覚してる。 「あの、だけどね? こんな、あやふやな感情のことを唐突に聞かされても珠子は困るわよね」  困るどころか、嫌かもしれない。私の不毛な片恋をずっと応援してきてくれた珠子なのに、裏切られたと思ったかもしれない。 「でも、困っても怒ってもいいから、珠子には一番に伝えておきたかった。だから、許してほし……」 「まぁ、篤子! 良かった! やっと新しい道に進めたのね!」  あ……。 「良かった。良かったわね。私、嬉しい。正直、お兄様以上の人は存在しないけど! 誰よりもお兄様が輝いてるけど! でも篤子が踏み出した一歩のことはとても嬉しいわ。私に一番に告げてくれてありがとう」 「珠子……ううん。私こそ、ありがとうだわ」  珠子なら喜んでくれるはずと思っていたけれど、光成お兄様への裏切りと受け取られたらと怯えてもいたから、目を潤ませて「良かった」と繰り返してくれたことに私が涙ぐんでしまう。  私こそ、あなたが友だちで良かった。
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