清ら松風、月影に謡う 【壱】

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「……今夜は、まだ邸に滞在予定よ。内裏(だいり)には、明日の朝に戻るの」  納得できてないけど、珠子の性格を知り尽くしてる私は会話を引き戻したりはしない。珠子の中で一度解決したことは過去のものになるからだ。  それに、相手の名前を珠子が聞きたがったから言おうと思っただけで、無理に聞いてほしいわけじゃない。構わないわ。 「良かったー。お邸に居てくれるのねっ。あのね、篤子。私、実は今夜、あなたに内緒で宴の準備をしてるの!」  え? 「あーっ、姫様! それは夜になるまで秘密にする予定だったのでは?」 「あら? いけない。私としたことが、ついうっかり本人に漏らしてしまったわ。ごめんなさい、礼都女(あやつめ)」  え……。 「姫様ぁ。篤子様を驚かせたいから、ご本人には決して知られないよう、密かに静かに準備をするように厳命なさったのは姫様ですよ?」 「でも礼都女。夜まで、もう数刻もないから構わないんじゃないかしら。それに、今の篤子の表情(かお)、とっても驚いてるから大丈夫。『妖猫騒動で心労を得たお友だちを励ますため、兼、内侍司(ないしのつかさ)でのお務め復帰をお祝いする管弦の夕べ』を不意打ちで開催して驚かせる計画は大成功よっ!」 「あっ、本当ですね。結果的に成功してたなら経過はどうでも良いですものね。さすが姫様!」  珠子……礼都女……。   大納言家の大君(おおいきみ)と、その姫君に心酔している女房とのやり取りに、座したまま軽い眩暈に襲われる。 ずれてる。このふたり、とってもずれてるわ。とっくに知っていたことだけれど。
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