清ら松風、月影に謡う 【壱】

8/8
前へ
/21ページ
次へ
「ふふっ……ふふふっ」 「篤子?」 「珠子、ありがとう。礼都女も……えーと、『妖猫騒動で心労を得たお友だちを励ますため、兼、内侍司(ないしのつかさ)でのお務め復帰をお祝いする管弦の夕べ』だったかしら。計画と準備、ありがとう。夜になるのが楽しみだわ」  唐突に笑い出した私に目を丸くした主従に、御礼を言う。  気儘で、我が道を行く自分勝手なところがあるけれど、少し抜けてる可愛い面が憎めない。優しい思いやりに溢れてる珠子が、私は大好き。  『管弦の夕べ』の題名が大げさなところも珠子らしくて可愛らしい。妖猫、うずら丸との悲しい別れで心に傷を負ったものの、療養を終えて内侍司(ないしのつかさ)に復職したのはもう半月も前のことなのに。 あ、それはそうと、管弦の宴には奏者が必要よね。私たち三人だけの演奏では少し寂しいけれど、珠子は(そう)の琴、礼都女は琵琶が得意。私が和琴を担当すればいいわ。  本当は、珠子と同じく(そう)の名手であられる光成お兄様の調べをお聴きしたいところだけれど、そんな我儘は言えないし。第一、お忙しい光成お兄様が私などのために動いてくださるはずがない。  そもそも、私はお兄様には憎たらしい態度しかとってはいないのだから嫌われ……。 「あ、篤子。もう隠す必要がないから言ってしまうけれど、管弦の奏者として、お兄様も後でここにいらっしゃるわよー。楽しみにしててねっ」 「えっ……ごほっ! ごほほっ!」  ()せた。  ちょうど脳裏にその美麗なお姿を思い浮かべていた人物の名前を、珠子の声で聞いたから。  柑子(こうじ)で風味をつけた白湯(さゆ)を飲み込んだ瞬間だったから、酸味が喉に引っ掛かって盛大に()せた。  珠子ぉ。光成お兄様がいらっしゃるのなら、最初に告げておいてほしかったわ。  もう不意打ちは無いと気を緩めてしまった後だから余計に驚いた。たぶん、これが今日一番の驚愕よ。 「ごほほっ! ごほっ!」  珠子。あなたの不意打ち作戦、大成功ねっ!
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加