1 あの坂を越えたら

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1 あの坂を越えたら

「あの坂を、足をつかずに越えられたら──きっと、裕斗(ゆうと)に告白できる自分が手に入る」 十二月の朝。五時半。 四方を山に囲まれたコンビニの駐車場。 (りん)は、肺いっぱいに、冷たい空気を吸い込んだ。 裕斗は高校の同級生だ。クラスは違うが、自転車競技部の仲間だ。 「今日こそ、絶対やってやる……!」 ロードバイクのハンドルを握りなおす。 ロードバイクは、舗装路を速く走ることを追求した競技用自転車だ。アルミやカーボンで作られたフレームの総重量は十キロを切る。ざっくり言って、ママチャリの半分ぐらいの重さだ。 白い息が、透徹した夜明けの空へと吸い込まれていく。 流線形のヘルメットからのぞくショートカットの前髪を斜めに払う。最初は抵抗のあったヘルメットも、今やすっかり被り慣れた。 耳を塞がれたような静寂の中、凛は、自転車のペダルに右足をかけた。 カチャンと金属音が耳をつく。ビンディングシューズのクリートがペダルに嵌まった音だ。 ビンディングシューズとは、ペダルに固定できる自転車乗り専用の靴だ。クリートという金具で、足を固定するとしないとでは、推進力がまるで違う。 「っしゃ、ごー!」 ぐっと足を踏み込む。 ハンドルを押して、体を引き上げる。 サドルにまたがって、左のペダルに足をのせる。 リズムよく、きちんと靴のクリートが嵌った感覚に、自然と口角が上がった。
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