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Pray by star 始まり 薊 結雨冶
「違うわ、お米を洗うときは必ず冷水を使って手でやるのよ。」
母は言った。
「そうじゃない、人様に料理を出すのであれば、例え家族でもボウルのままではなく、皿に盛れ。」
父は言った。
「お姉にまかせて!ここはこうじゃなくって、こうするのが正しいの!」
お姉は言った。
そんなことを言われても私には正しさの押し売りにしか見えなかった。
いつの間にこんなにも時間は経過したのだろう。私は夢見てた国立音大附には親の猛烈な反対にあったため、ピアニストをあきらめ地元の県立高校に通っている。私の家は貧乏で、ピアノだって、とても苦労して習わせてくれた。でも、全然上手じゃなかったし、態々私立の高校へ行くより、地元の県立高校に行く方が余程賢明で正しいと思った。だから不満はない。仲の良い友達もできた、楽しく生活している。お姉は上京し、家族のためにと働いている。私もきっとそうなるのだろうとぼんやり思っていた。
「ねえ、あの子、知ってる?ほら、いつも教室で一人の。」
友達が私に話しかけてきた。だがあいにくよく知らない。あの子といえば、声も聞いた人がいないくらい、暗くて静かで、誰かと一緒にいるのを見たことがない。
「いや、全く知らないわ。あの子がどうかしたの?」
「ほら、あの子って全く喋らないじゃない?マーメイドかよって言ったら、あたしを見て微笑んできてさ、気味悪くない?」
私は友達のその話に少し気分を悪くした。だから
「よく分からないけど、やめなよ。」
と、少し笑って言っておいた。
友達と話をしたとき、私が友達に注意したことで気を悪くしたのか、友達は先に帰っていた。
「私が週番の仕事があるのをいいことに!」
と、少し文句を言いながら歩いていると、有名なポップスを弾く、つたないピアノの音が耳に入った。私はそれが気になり、ピアノの音がする第二音楽室に向かった。
「山本さん?」
ピアノを弾く、あの子の姿を見て私は思わず名前を呼んだ。
「あ、ごめんね。演奏の邪魔して。少し気になったから覗いてみたかっただけなの。」
そう言うと、山本さんは困ったような顔をしながらあたりを見回し、何かを確認すると黒板の方へ歩いて行った。
“ごめんなさい、うち、声が出ないんよ”
「そうなの?こちらこそごめん!」
今まで同じクラスだったというのに全く知らなかった、知らされていなかった。少しショックだ。
“別にかまへんよ、それより、うちのピアノどうやった?”
「ピアノ?」
“うん、聞いてたんやろ?”
「そ、そう。えっと、リズムが少し取れてないかな。四分音符の連なるところ、付点が付いたみたいになってる。あと、和音はしっかりと指を置いてから、音をそろえて弾いた方がいいよ。右手と左手にばらつきが出ないようにするのも同じこと。それ以外はのびのびと弾いてて素敵だった。」
“ありがとう。ずいぶん素直やね。”
そうだ、こういうところ。気が付いたら家族に似てしまいすぐに人に指摘するようなことを言ってしまう。だから今日だって友達は気を悪くして帰ってしまったというのに。
「ごめん!言いたい放題言って。」
“いいや、ためになるわ。また明日、来てくれはる?”
「いいの?」
”当たり前やないの。また、感想教えてな。“
「うん、ありがと。あのさ、一緒に帰らない?電車通学だったよね、のぼり?くだり?」
なんだか、山本さんとは仲良くなれる気がして、今まであの子なんて呼んでたことが残念な気がして、帰り道を誘いたくなった。
“ええの?うち、話せんから、スマホに打ち込む形での会話になるし、せやから遅くもなるし。”
「全然待つよ。だから一緒に帰ろう。」
“分かった。ありがとな。”
「こちらこそだよ。」
私達は一度教室へ行き、一緒に帰った。駅までは歩いてスマホをいじるのは危ないということで、ホームについてから私たちは話し始めた。
「ねぇ、山本さんの下の名前、教えてくれる?」
“彩華”
「いい名前!私も違う字だけどはなが入ってるの。」
今まで接点がなかったのに、今日の出来事から始まり名前に同じはなが入っていると思うと共通点が見つかり嬉しくなった。共通点を探していく、友達になる一歩目だ。
“へえ、そちらさんは?”
「あ、ごめん、私は結美花。」
“ほんまや。良い名前やね”
「ねぇ、下の名前で呼んでいいかな?私のことも下の名前で呼んで欲しい。」
“ええよ、結美花。”
「ありがとう、彩華」
私たちはそれから、ゆっくりと会話をしながら電車で帰った。下の名前を知れた、共通点を見つけた、下の名前で呼び合う約束をした、今までも友達を作る時にやってきたことだというのに、今日のそれはとても宝物のように思えた。
「ただいまー。」
自分の間延びした声が狭いアパートの部屋の中で消える。母も父も帰るのが遅い。いや、遅いというよりはあまり帰ってこないのだ。テーブルを見ると、置き手紙。珍しいと思いつつ、置き手紙を読んんだ。
いつも冷凍食品ばかりで済ませて。栄養が偏ります。ちゃんと作りなさい。何故、そのような簡単なこともできないの?バイトだってしているし、食料を買うお金はもっているんだから、それくらいの事はしなさい。あなたも高校一年生。お姉はいないのよ。母より。
こんなことを書かれても困る。お姉だって、自分で家事なんてほとんどしたことないじゃないか。それにバイトで稼いだお金だって、自分で使い方ぐらい決めたい。土日だって私は友達と遊ばずに貯めているのだ。私はまだあきらめたわけじゃない。そう思いながら私は静かに家の電子ピアノに触れた。その後はとりあえず、帰ってきた時間が遅かった為、母の置手紙の内容は無視して冷凍食品を食べ、片づけた。そして気がつけば、鍵盤に手を置いていた。最初の音を押してから動きだした手が弾いたのは、彩華の弾いていた有名なポップス。少しアレンジして、キーボードで弾いた方がよく似合う。そういえば、テレビで2Pバンドの紹介をしていたのをふと思い出した。
そのころ、彩華は一人小さく呟く。
「本当は、口がきけないだなんて嘘。」
発した言葉は結美花に筆談していた時とは違って、京都の訛りは少しもない、標準語であった。
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