九つの命 向日葵

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九つの命 向日葵

 僕は大好きな主を残して死んだ最低な猫だ。彼とずっといることはできないと分かっていた。それでも、彼とずっと一緒にいた。死に姿だって見せる気はなかったのに、最期まで僕は傍にいた。生まれ変わっても僕は彼とずっと一緒にいたい。彼は言っていた。僕には九つの命があると。迷信だけど、もし本当なら一度でもいいから顔をだして欲しいと言っていた。僕は一度だけでなくいつまでも傍にいたいと思っていたけど、それを彼に伝える術はなかった。ただいつものように寄り添って、温かい温もりに包まれるだけだった。だけど、僕は死んだ。彼の泣いている姿をじっと見つめていた。  次の生では、僕は鼠になっていた。かつてあれほど追い掛け回した存在になっていた。地下水路はとても臭くて汚くて、彼の部屋が恋しかった。大きくなって、彼の家を目指して外にでた。外はとても恐ろしいところだった。かつての同族が捕食者の目で僕を見ていた。大きい機械が物凄い速さで走っていた。どうにかこうにかたどり着いた彼の部屋は以前と変わらないままだった。あまりに疲れていた僕は、台所にあるキャットフードを齧った。前とは違う味がした。ガタリと彼が帰ってきた音がした。僕はいつものようにリビングの扉が見える場所に移動した。彼が靴を脱いで、リビングに入って来る。僕はいつものように撫でて来る手を待っていた。だけど、次にきたのは体が宙に飛ぶ感覚だった。壁に叩きつけられる。僕は何が起きたかわからなかった。彼が驚いた声で騒いでいる。僕を必死に呼んで、ふと静かになった。僕はふらふらする体を引きずりながら、呼びかけに応える。けど、彼は乱暴に僕を掴んで、ベランダから放り投げた。猫の時ですら落ちたことをない高さを目にしてようやく僕は、もう彼の飼い猫でないことを理解した。  次の生では、鳥になった。また僕は彼の元へ訪れた。彼の家は鴉の縄張りで、とてもいじめられるけど毎日通った。毎朝、彼の目覚まし代わりにチュピチュピピと鳴いた。彼はとても寝坊助で、猫の時も毎朝彼の顔に乗って起こしていた。だけど、今は彼の飼い猫ではないから部屋には入れない。だから、外のベランダから彼を起こすのだ。彼は前のようにはなかなか起きないが、僕はそれでもよかった。最近は色んな鳥がまとわりついてくるけど、僕は無視して彼の家に通った。春も夏も秋も冬も変わらずに僕は彼に朝を伝えた。無理をしすぎた僕の身体はボロボロだった。それでも僕は最期まで彼の傍にいたかった。番も作らず、僕はただ孤独に生を終わらせた。  僕はその後もひたすら生を繰り返した。そして、いつでも僕は彼の傍にいた。だけど、僕は一度も彼の飼い猫に戻ることはできなかった。最後の生は、彼と同じ人間だった。僕は期待した。最初の時のように寄り添えることを。だけど、寄り添うにはもう彼を老いすぎていた。小麦色の健康的な肌は不健康そうな白い皴のある肌に、黒くて艶々の髪は白くてパサパサの髪になっていた。僕の姿は最初に過ごした彼のような背丈だった。  「お久しぶりです」 緊張して震えた声がでる。だけど、彼は何も答えなかった。聞こえなかったのかもしれない。 「お久しぶりです!」 彼は漸く振り返った。だけど、僕のことがわからないようだ。当然だ。猫ではなく人間になったのだから。 「以前、どこかであっただろうか」 彼の悩むような声が僕に問いかける。 「ずっと傍にいました」 「はて、そうだったのか。おいで、お茶を入れてあげよう。」 彼は思いだすことを諦めて、僕をお茶に誘った。 「僕、猫舌なのでぬるめがいいです」
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