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第34話
機械猫の両目の光からは立体映像が映し出された。
その映像には、輝く日差しに照らされた高いビルや、舗装された道路に身なりの良い通行人たちが見える。
その街並みを見るに、どうやらメイユウたちが住むローフロアではなくハイフロアの景色のようだ。
「ハイフロアが映っているってことは、この機械猫……上から来たのか」
「へえ、これがハイフロアなんだ。あたし、初めて見た」
メイユウたちが住むここクーロンシティは、主にハイフロアとローフロアという区画で分けられている。
ハイフロアとは、中間層や上流層が暮らす高級住宅街。
メイユウやランレイが住んでいるローフロアの上にあるフロアのことだ。
しかし、なぜこの機械猫がハイフロアの映像をメイユウたちに見せたのか。
メイユウとランレイがそのことを考えていると、次に仲睦まじい家族の映像が映し出された。
父、母、男の子と、絵に描いたような幸せそうな三人家族が、機械猫を可愛がっている姿が次々と流れ始める。
「もしかして、この子の飼い主?」
「ああ、たぶんこいつ……捨てられたんじゃないかな」
メイユウの予想を聞いたランレイは、悲しそうな表情になった。
どんな理由があるのかはわからないが。
猫を捨てるなんて酷いと彼女は思ったのだ。
「ハイフロアで機械ペットの放棄はさほどめずらしいことじゃないよ。でも、上の連中はいつもローフロアに捨てるもんだから、ここはノラの機械ペットばかりになっているけどね。でもまあ、なるほど。こいつもその中の一匹ってワケか」
メイユウがそういうと、機械猫が立体映像を消し、彼女の傍へと近寄っていく。
そして、喉を鳴らしながら、その頭を擦りつけ始めた。
「甘えてるんだね。かわいい」
「さっき話したけど。こいつは最新式の人工知能を搭載しているから。きっとこの家で誰に媚びればいいかわかっているんだろうね」
メイユウがいうに――。
猫は元来飼い主を選ぶ賢い動物なんだそうだ。
だから、この家『ジャンク屋 メイユウ』の主人がメイユウであることを察して甘えてきているのだろうと。
「まあ当然のことながら、この家で一番偉いのはわたしで、次はリコピンだしね」
「あたしはリコピンに負けるのか……」
ランレイがメイユウの発言に苦い顔をしていると、甘えていた機械猫が突然動き始めた。
顔や手を天井のほうへと動かしながら、何度も同じような動作を繰り返している。
その動きは、何かメイユウとランレイに訴えかけているようだった。
「あッ! わかった、わかったよ!」
ランレイはその機械猫の動きから、何を言いたいのかを理解したようだ。
メイユウが何かを訊ねると――。
「きっとハイフロアへ戻りたいんじゃない? 何度も上に向けて顔や手を動かしているし」
「ようするに、ご主人様のところへ連れて行ってくれってことか」
ランレイとメイユウの反応を見た機械猫は、その首をコクコクと小刻みに動かして始めている。
どうやらこの機械猫はハイフロア――それも自分を捨てたと思われる飼い主の元へ行きたいようだ。
「はあ……。ランレイ……。こりゃメンドーなの拾ってきちゃったみたいだね」
「メンドーって……。ねえメイユウ、この子を飼い主の元へ連れて行ってあげようよ」
「はあ? なんでわたしがそんな面倒くさいことをしなけりゃいけないんだよ。修理してやっただけでもありがたいと思ってもらわないとさ」
メイユウの言葉を聞いたランレイは、耳を垂れさせて俯くと、機械猫の身体を抱きしめた。
そして、なだめるように優しくその身体を擦っている。
「……と、言いたいところだけど。またシャンシャンのときみたいに、あんたが勝手にいなくなると困るからねぇ。……よし、今回は手伝ってあげる」
「ホントッ! わーい! やったよ! メイユウがあなたをご主人様のところへ連れて行ってくれるって!」
ランレイは、その顔をパッと明るい表情へと変え、機械猫の前足を二本取って一緒に踊り始めた。
機械猫には踊る機能はないのだろう。
戸惑いながらもランレイに両前足を引かれ、ぎこちなく踊っている。
「まったく、ここは工房であって機械猫の舞踏会場じゃないんだよ」
メイユウはダルそうにそう言いながらも、微かに笑みを見せるのであった。
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