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第36話
出された花茶を飲みながら、シェンリアの部屋にあったパソコンの電源を入れるメイユウ。
そしてパソコンが立ち上がると、いきなりネットで動画を見始めた。
「おい、ジャンク屋。テメェ……なにしてんだよ?」
プルプルと震えながら訊ねるシェンリア。
ランレイはそんな彼女を見ながら、怒るのしょうがないと思っていた。
「なにって、お茶飲みながら料理の動画を観てるだけだけど。それよりも茶菓子はまだ? 当然トマトケチャップ味のスナックだよね?」
「そんなもんうちにあるかぁぁぁッ!」
その後、メイユウとシェンリアによる、全く生産性のない言い争いが始まった。
いつも使用されている互いの罵り言葉――ケッチャプ女とマスタード女から。
定番の目が死んでいる、腰痛トラウマなど、普段『定食屋 飲みだおれ』で見られる光景がそこにはあった。
(この二人も相変わらずだなぁ……。まあ、今回はメイユウが一方的に悪いけど……)
猫目を細め、その場で静観するランレイを見た機械猫は、彼女と同じように静かにそこでじっとしていた。
きっと言い争うメイユウとシェンリアや、それを見るランレイの態度をから、これはシリアスな喧嘩ではないことを理解したのだろう。
さすが最新式の人工知能を搭載してあるだけのことはある。
「お前は頭がいいね」
そんな機械猫に気がついたランレイは、そのメタリックな身体を優しく撫でるのであった。
二人の言い争いはしばらくの間続いたが、互いにある程度言い尽くしたのか、突然争いは終了。
ようやく話を始めることになった。
「実はわたしたち、ハイフロアへ行く道を知りたいんだよね。そこであんたならきっと知っていると思ってさ。わざわざこうやって教えてもらいに来たってワケ」
それからメイユウは、何故ハイフロアへ行きたいのかも説明した。
ここにいる機械猫をハイフロアに住んでいると思われる飼い主に会わせてやりたいと、ランレイが言ってきかないのだ。
そのことに対して自分はあまり乗り気ではないのだが、またランレイが勝手に行動を起こして面倒になるより、さっさと片付けたほうがいいと思ったのだ、と。
そうやってメイユウは、さも嫌そうな感じでここへ来た理由を話すのであった。
「へえ、怠け者のお前にしちゃめずらしいなぁ」
そんなメイユウを見て笑みを浮かべるシェンリア。
だが次の瞬間に、その表情は張り詰めたものへと変わった。
ランレイはそんなシェンリアの顔を見たせいで驚き、思わず仰け反ってしまうほどだ。
「だが、タダじゃ教えられないねぇ」
ここはクーロンシティのローフロア。
打算と己の利益のみが大事な街だ。
この街には善意で動く奴などいない。
そんな当たり前のことも忘れたのか?
――と、裏社会に住む人間特有の雰囲気を出しながら、シェンリアは静かに言った。
「わかってる。当然あんたに報酬は払うよ。こないだのやつがまだ――」
「おっと、粒マスタードなら報酬にならねぇぜ。あれからアタシも買えるとこ見つけたからな」
言葉を遮り――してやったという表情を見せるシェンリアだったが、メイユウはそんな彼女を見て不気味に自分の口角を上げる。
「そんなこと言っていいのかな~」
シェンリアは、そんなメイユウに向かって気味悪がりながらも訊ねる。
「な、なんだよ? もったいぶってんじゃねぇぞ」
「もったいぶるつもりなんてさらさらないわ。今回のあんたへの報酬はこれだよ!」
突然声を張り上げたメイユウは、懐から小さな瓶詰めのものを出した。
それを見たランレイは、またマスタードかと思っていると――。
「こ、これは!?」
シェンリアが両目の瞳孔が開くほど驚愕している。
ランレイからすると、どう見てもただマスタードにしか映らないのだが。
「フフフ、わかるか? わかるよね? そう、こいつは」
「ああ、こいつはハニーマスタードだ」
ハニーマスタードとは――。
乱暴な説明をすれば、本来なら辛口の調味料であるマスタードの甘口版である。
基本的にポテトやチキン、サラダなどに使われ、その本家マスタードとは違う独特の甘さがある辛さは、かければつい食べ続けてしまう調味料である。
シェンリアはそのハニーマスタードを凝視しながら、ゴクリと生唾を飲み込んでいた。
その様子は、まさに目が離せないといった感じだ。
「こいつがあればマスタードスイーツが作れる……」
「さあシェンリア! 教えるの!? 教えないのッ!?」
メイユウはそんなシェンリアへ大声で訊ねると――。
「わかった……教えてやるよッ!」
まるで我が子が無事に生まれたことを喜ぶ父親のような表情をみせるのであった。
そして、互いに笑みを浮かべながら、ガッチリと握手するメイユウとシェンリア。
そんな彼女たちを見たランレイは、「なんだかな~」と呆れている。
「メイユウったら、毎度よく見つけてくるなぁ。それにしても、マスタードスイーツって……絶対においしくないよね……」
そう呟くランレイの横では、嬉しそうに鳴いている機械猫の姿があった。
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