昭和の近未来は令和

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 平成31年四月。  久しぶりに帰省することになった。  実家を壊して売却するそうで、荷物を片付けろと姉から連絡があったのだ。 「和夫、物置にある大量の漫画。売るの、捨てるの」 「ああ、古いのばっかりだから売れないかもなあ。姉ちゃんの子にやるよ」 「昔の漫画なんか読まないわよ。じゃあ捨てちゃいな」 「おう、選別してくるわ」  ガン黒茶髪のコギャルだった姉貴はすっかり落ち着き今や二児の母。貫禄の70キロだ。 「すまないね。和夫。仕事忙しいだろ」 「いや父さん、呼んでくれなかったら俺恨むよ」  親父はすっかり禿げてかつての色男ぶりは見る影もない。  母を早くに亡くし、家族三人力を合わせここまで来たのだ。  むしろもっと早く親父は単身者用マンションに引っ越すべきだったと俺は思う。  母の思い出がつまっているこの家はそんなに離れたがったのだろうか。  顎にかけていたマスクを口に戻し、物置部屋に入る。  漫画本にビニール紐をかけている作業を終えると、ドサっと何かが落ちる音がした。見ると、棚のそばに黒いバックが落ちている。あんなの姉ちゃん持ってたっけ。  腰を折って手にとるとポロッと塗装がはげ落ちた。結構古いブランド物だな。  開くと隅の茶色くなった封筒が。『和夫へ』という三文字が目に飛び込む。  親父のでも姉貴でもない字だ。 『和夫へ。この手紙に手が届く頃にはもう大人になっていることでしょう。大きくなるまで一緒にいられなくてごめんなさいね』 「うおお、これ、母さんの手紙か」  なんで今まで見つけなかったんだろ。  3歳の頃に死別しほとんど記憶にない母は、俺にとって謎の女性に近い。震える手で紙をつかむ。 『今から長男のあなたへ大事なことを書きますね』 「だから俺宛なのか。分かった、母さん、ちゃんと聞くよ」 『お父さんはお姉ちゃんとあなたを大切に育ててくれたでしょう。あの人は母さんのこともとっても大事にしてくれました。一時帰宅の時には病院で羽織る暖かいカシミアを買ってもらいましたよ』 「ふむふむ、親父らしいな」 『あなたたち兄妹にはお揃いのセーター。とっても可愛かった。あなたはドラゴンボールの服がいいと泣いてましたけどね』 「母さん……最近までドラゴンボールやってたし大人になったけど見てたよ俺」 『環境汚染や人口問題があなたの生活を悪くしていないか心配です。一刻も早く酸性雨が綺麗な雨に戻ることを祈っています』 「酸性雨! 懐かしい。ふられるとハゲになるんだっけ。そういや聞かなくなった言葉だな」 『日本は平和への誓いを守っていますか? 人権こそは何より尊いものです』 「……昔の大人はみんな人権平和言ってたな。こういうのに時代性を感じるようになったんだなあ」 『空飛ぶ車は交通事故を心配しなくていいでしょうけれど油断はいけませんよ。どんな便利なものでも思わぬ事故はあるものです』 「空飛ぶ車? ああ、ブレードランナーか……残念だけど令和に間に合わなかったよ」 『母さんには兄と弟がいたので男の子のというものをよく分かっています。アンドロイドの女性にはまって現実の女性の付き合いを疎かにしてはいけませんよ』 「……ボーカロイドだからセーフ!」 『でも松田聖子みたいなぶりっ子は母さん絶対許しません』 「ぶりっ子って、あはは、あの人まだ現役だよ」  それにしても空飛ぶ車か。母は素直で夢見がちな女性だったのだろうか。 『ノストラダムスの大予言は絶対に嘘です』 「そこは信じなかったんだ」 『マヤの予言の2012年こそが真実です。和夫、あなたがお姉ちゃんとお父さんを守るのですよ』 「そっち信じちゃったのか。って、伝えたかったのってそれ!?」  昭和の終わりから平成の終わりに来た母の最後の手紙。皆に読ませると、姉は手を叩いて笑い、父は涙を頬に流した。  最後に仏壇に添え皆で手を合わせる。  母さん。手紙の体で俺たちを笑わせたり泣かせたりするなんてすげえな。アンドロイドより格好いいぜ。
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