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「ソーセキを頼むね。大丈夫、すぐ帰るよ。」 そう言ってこの玄関を出た彼は、それきり帰ってこなかった。 例のウイルスが、私の最愛の人を連れて行ってしまった。 この悪夢の始まりの日、たしかに朝食を残していたけれど、それだけで、出張前のバタバタで疲れているのかな…くらいにしか思っていなかった。 昼下がり、「今、家??」と彼から連絡が入った。出張に向けて会社からの指示で受けていた検査の結果がでたという。 結果は陽性。同居の私は、間違いなく濃厚接触者だから、とりあえず自宅から出ないで欲しい。とのことだった。 自覚症状も無かったから、実感も恐怖とかそういうものも、まだ感じていなかった。 私の仕事はもともと在宅ワークだったから、いつもどおりに仕事をして、関係各所に連絡を終えた頃に彼が帰ってきた。 「いやー、びっくりした。」 が第一声だった。 その後、私の陽性も判明した。彼はひどく責任を感じた様子だった。持ち込んだのは自分に違いないと。 「大丈夫よ、一応私達まだ若年層ってやつなんだし。久しぶりに2人でゆっくりしよ。」 どちらも無症状だったし、重症化するのは高齢者や持病のある人だっていう知識はなんとなくあったから、私はのんきだった。 でも、数日して彼の熱が急に上がった。私は連絡すべきところに、慌てて連絡をした。指示を待つ間にも、熱は上がる一方で、呼吸もどんどん苦しそうになった。 それでも、行き先が決まって家を出る時は、自分の足で歩いていたし、猫の心配をするくらいには冷静で、私は、本人の言う通り、すぐに帰ってくるものだと思っていた。すぐにまた会えることを疑いもしなかった。 でも、入院は長引いた。面会も出来ず、そして、まだ“家族”じゃない私は、未来の義母からの又聞きでしか彼の状況を知ることが出来なかった。 容態が安定したと聞いた次の日、急変を知らされた。半日後にまた掛かってきた電話は彼の死を知らせるものだった。 「ごめんなさい…ゆき子さん、ごめんなさいね…」 何を謝られているのか、分からないまま、私はたしか「大丈夫です」と答えていた。
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