俺とおかんと勇者と聖女

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 2014年、12月31日、23時45分。  みかんとおかんと猫に囲まれ、俺はちょっぴりソワソワしていた。  例年通り、猫よりも猫背でコタツに伏しているだけだけの日常だが、気持ちだけはなんとはなしに気ぜわしい。  大晦日ってそんなもの。  母親とともに眺めるテレビ画面では、芸能人が新年の抱負を語っていた。氷水につかりながらそうする理由はよくわからないが、内容は立派。見習わなくちゃなー、と緩く思う。いやM-1に出たいとかはないけどね。  彼女いない歴=年齢=29=無職。来年こそは現状打破、とは思っている。思うだけタダなのだ。 「おかあさんはねえ、やっぱり旅行かな」  聞いてもないのに言い出すおかん。  俺はみかんを剥きながら、 「来年は親父の初盆やから、あんまり派手なのは無理やで。大体おかんと俺とじゃ風呂も独りだしつまらんやろ」 「なあにまーくん、おかあさんとお風呂入りたいの」 「殺すぞばばあ」 「というか、なんで家族旅行につれてってもらえるとか思ってるの。おかあさんにはお友達がおるんよ。あんたと違って」  な……んだと? 「まあでも、難しいかしらねえ。まーくんもいつになったら就職するんだかわからんし、遺族年金は大事にせんとねえ」  うるせえ黙れ。    時計の針は刻一刻と頂点へと進行し、いよいよ新年カウントダウンが始まった。おかんがちょうど焼けた餅を運び込み、俺は好物のそれをひとくちにかぶりつく。 「う。うっ……うぐ!」  そうして俺は死亡した。  目を覚ますと、そこは異世界だった。  そして俺は勇者になっていた。いわゆる転生というやつか。  なんでわかるって、そりゃ見るからに異世界で勇者だからだ。  床から天井まで翡翠色の神殿に三体の女神像と魔法陣、真ん中に仰臥している俺を、ぐるりと取り囲む白装束のハゲ集団。ぴかぴかに磨かれた床面に映り込むこの俺の姿もまた、前世の猫背男の面影はない。二十歳よりまだ若く、甘さのある目元に凛々しい眉毛。腰まである太陽色の髪に青銀の鎧。ああ、まさに勇者である。 「おお勇者よお目覚めか。すわ、この聖女とともに、魔王を倒しにゆくがよい」  一番背の高いハゲが言う。彼らはいわゆる召還士とか呪術師とか、わからんがとにかく俺を転生させた魔法使いなのだろう。他人にものを頼むにしてはやけに偉そうである。    若干イラッとはきたものの、それで特にかみついたりはしない。だって大人の男の人だもの。口を利くのは怖いじゃないか。    俺はハゲからは目を背け、聖女と呼ばれた女を見つめた。  俺がきっぱりと勇者ならば、あちらはきっぱりとヒロインだ。    年の頃は14、5。ほっそりとした肩に垂れる蜂蜜色の髪に、同じ色の瞳は目がくらむほどに美しく、白すぎる肌とあいまって、妖精のように現実味がない。薄い布地のローブが、意外なほどふくよかな胸で持ち上がっていた。  これが聖女。俺の旅の共? すばらしい。旅の苦楽をわかちあい、やがて二人は恋に落ちるのだろう。  思わずゆるんだ口元をあわてて引き締めて、俺は聖女に頭を下げた。 「あ、ど、ども。俺、工藤雅道、カノジョ募集中。特技は足の指でプラモデル――」  聖女は目を見開いた。珊瑚色の唇を大きく開けて、そのたおやかな印象よりもずっと大きな声ではっきりと、 「え! まーくん? なんねあんたも転生したの。やだよこの子ったら、勇者だなんて立派になっちゃってえ」 「おかんかよ!!」  俺はその場で倒れ伏した。
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