《3》赤い指

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《3》赤い指

 治療の核は、会話にある。  僕らの言葉は、言うなれば言霊だ。交わした言葉はそのまま患者の心へ入り込み、傷口の痛みと警戒に震える心の防衛を直接溶かしにかかる。  沈黙も、時に大切な言葉となる。彼らの言葉を引き出すため、そして傷を作った理由を知るために、時間をかけ、頑なに強張った心を解きほぐしていく。  治療中、患者の身体へ直に触れる行為は禁忌とされる。  確かに、傷そのものは直接指を伸ばしたほうが癒える。そのほうが、言葉を交わすよりも確実に彼らの心の内を覗けるからだ。  しかし、この方法では我々に危険が及ぶ。彼らに触れることは、それだけで僕らを脅かしてしまう。ゆえに、治療方法は言葉を交わすことのみ――そう言ったほうが正しいかもしれない。  マヤの傷は深い。完治までには、おそらく、サユリにかかった以上の時間と労力が必要になる。  加えて、マヤは年端も行かない子供だ。こちらの世について説明しようにも、そもそも向こうの側の常識やあり方さえ碌に理解できていないに違いない。言葉による説明だけでおおよそ理解を示してくれる通常の患者とは、そういった面でも異なる。  焦ってはならない。  もちろん、傷は一日でも早く塞がったほうがいい。とはいっても、僕にできることは限られているわけで、焦ったところで仕方がない。  理解しているつもりだった。そんなことは。  だが、頭で理解していることとそれを実行に移せることは、どうやら別物だったようだ。
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