《3》赤い指

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 日中のうち、大人の女性用の着物を手配した。  こちらへ渡ってきた患者は着替えの必要がない。思念体になっているからだ。  着るものも、予備を一着用意しておくかおかないかぐらいであって、マヤの着物の予備も一着しか用意していない。それとて揃いの子供用だ。まさか、彼女の治療期間中に大人用のそれが必要になるとは思ってもみなかった。  仕立て屋に用件を伝えると、彼女もまた大層驚いている様子で、だが再びマヤ用の着物を仕立ててくれた。  ……暇なのだろうか。ここしばらくは忙しそうにしていたと思うが、意気揚々と新たな依頼を引き受けた彼女は、三日とかけずに新たな着物を完成させた。仕上がるまでの間にと用意された間に合わせ、それだけで十分だとは切り出しにくいほどの張りきりようだった。マヤの髪や目の色に、なにか閃きでも感じ取ったのかもしれない。  以前と同じ濃紺の布地も、施された刺繍の色にも、変化はない。ただ、描かれた模様は、子供用のそれよりも艶やかな、大人らしい柄になっている。  前と同じく、仕立て屋はマヤにそれを着つけるところまで請け負ってくれた。相変わらず言葉数は少なかったようだが、マヤもまた、前回よりは表情豊かに彼女と接していたのではないかと思う。  仕立て屋は、僕らのような者とは違う。彼女を含めたこちら側の人間の大半は、向こう側の人間が抱える傷について理解できない。マヤが傷を抱えている人間かどうか、治療がどこまで進んでいるのか、彼らには判断がつけられない。  だからこそ、仕立て屋はなんの恐れもなくマヤと接していられる。着つけの際、あるいはそれ以外の際にマヤへ触れたとして、即座に心を奪われたり命が解れたりといった心配がない。  彼女がマヤと同じ女性だから、ではない。そんなことよりも遥かに大きな、根本的な理由があるからだ。  なんだろう、この感じ。苛々する。  どうして僕はこんな役割を任されているのだったか。どうしてマヤの傷が、その痛みの程度が分かってしまうのだったか。  そうでなければ治せない、なにを馬鹿なことを考えている……それは理解できている。実際にそう思っている。けれど、僕が言いたいのはそういうことではない。  そういうことではなくて――ではどういうことなのか。  マヤの傷を知らなかったら、きっと、僕はマヤに触れたいなどと思ってはいない。  知っているからこそ触れたいと思ってしまうのに、そんな状態で彼女に触れたら、そのとき僕は……僕の命は。  馬鹿らしい。堂々巡りを繰り返しては溜息を落として、愚かしいにもほどがある。  心が揺れる要因が幾重にも折り重なった結果、僕は、過去に一度たりとも経験したことのない危険を眼前にしている。  そして、そのことを自覚できてしまっている。
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