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「怪我はしてない? ここは寒いから、中においで。」
向こう側の人間を安心させるための謳い文句を、そっと口に乗せる。
こちら側の人間は怪我をしない。否、怪我をしたとして、痛いと思わなければ怪我にはなり得ない。身体そのものが思念体だからだ。
精神が現象を上回っていれば、現実に起きていることにはならない。同じ理屈で、暑い、寒いといった感覚とも僕らは無縁だ。空腹や喉の渇きとも。
しかし、向こうからこちらに訪れたばかりの住人は違う。感覚的なものが身体に残っている可能性は高いし、それ以前に、訪れて間もなくこちら側の仕組みに順応できる人間がいるとは思えない。
おいで、という言葉に反応したのか、丸い背中がぴくりと動いた。
意識はあるらしい。僕の声も聞こえている。ほっと安堵の息をつき、地面に放られた小さな手を拾い上げようとした――その瞬間だった。
「っ、いや……ッ!」
ぱん、と乾いた音が辺りに響いた。それが差し伸べた手を払われた音だと、一拍置いてから気づく。
払われた手に痛みなど走るわけもないが、この状態の子供に伸ばした手を払いのけられたという事実にこそ衝撃を受け、僕は堪らず目を見開いた。なおも衝撃に揺れる視界に、少しずつ、地面に倒れ込んだ小さな身体の全貌が映り込んでくる。
「……マヤちゃん?」
資料に記されていた名で呼んでみるが、反応はない。
仕方なく、抱きかかえて運ぶことにした。背に腹は代えられない。だいたい、はなからそうするつもりで手を差し伸べたのだ。僕は。
重いと思いさえしなければ、どれほど大きな人間でも抱え上げられる。それが、思念体のみで構成されているこの世の理屈であり、常識だ……だが。
こちら側でなくても、この子供の身体は、もしかしたら鳥の羽と変わらぬ重さしかないのではと思う。そしてそれは、おそらく、子供だからという単純な理由によるものばかりではない。
わずかにでも力を込めれば簡単に骨が砕けてしまいそうなこの身体つきは、きっと。
新たな患者――マヤを抱え、開いたきりの玄関を通り抜ける。
たった数刻前まで別の患者が使っていた診療室へ、僕は静かに足を向けた。
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