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「え、落とし物拾って帰って来たの?」 半同棲状態で一緒に暮らしている佳菜子(かなこ )は、目を丸くしていた。そして気味悪そうに引いた顔をする。 それもそうだろう、俺が今日行っていた場所が飛び込み自殺が多いとされている踏切だったからだ。オカルトライターを生業にしている俺には特段変わった行動では無かったが、そんな俺でもそういった曰く付きの場所から何かを持ち帰る、なんて今までした事が無かった。オカルト関係の仕事をしていると、誰に言われた訳でなくてもヤバい事は自然と回避する能力が培われていくものだった。まぁそれでなくても自殺の名所から落とし物を持ち帰るのは常識から考えてもしない行動だとは思う。けれど俺がを持ち帰ったのにも、少しは理由があった。 「この戦隊モノのキーホルダーが付いたパスケース、何かヒントないかなって思ってパスを取り出したら…中に住所が書いた紙が入ってたんだ」 紙を広げて見せると、佳菜子は「えっ」と声を上げる。予想通りの反応であった。何せそれを見た俺と同じ反応なのだから。俺達が住んでいるアパートと同じ住所なのだ。末尾の部屋番号のみがニアピンで、この部屋が202号室なのに対して…書かれていたのは102号室であった。 住所だけで見れば、階下の住人。それも持ち物から見てそこの子どもの落とし物なのだろう。 この落とし物はそう古い物には見えない。自分が越して来て二年経つが、その間に引っ越しがあった様子は無かった。まだこの落とし物をした子どもは階下に住んでいる可能性が高い。俺がそう説明をすると、佳菜子は「ちょっと前に挨拶したきりだけど…子どもがいるご家庭だったかしら…?」と首を傾げていた。 「居ないなら居ないで、今度は交番にでも届けるさ」 「そう…なんか気味悪いから、早めに何とかしてね」 佳菜子はそう言うと、もうその落とし物を見たくないと言わんばかりに寝室に行ってしまった。佳菜子の気持ちも考えないで好奇心が赴くままに行動し過ぎたか、と少し反省すると、気持ちを切り替える為に浴室へと向かう。 最近、佳菜子と上手くいっていない。 湯舟に浸かりながら、俺は自然と溜息を吐いていた。 以前はちゃんとコミュニケーションが取れていた自負があったし、佳菜子の笑顔を見る事が好きだった。いや、今だって見れるのならば笑顔を見たい。けれど最近の佳菜子は情緒不安定と呼ぶべきなのか。妙に苛立っていたり、何でもない事で凄く落ち込んで見せたり。振り幅は大きいが、マイナスの感情が圧倒的のようであった。生活時間もすれ違う事が多くなってしまって、夜の営みもここ暫くレスであった。どうしたものか。俺との生活に嫌気が差してしまったのだろうか。嫌な考えになってしまい、顔に湯をバシャリと掛けてその思考を振り払った。 ふと風呂と洗面所を隔てるガラス扉に影が映っているのを視界の端で捉え、俺は現金な程に機嫌が上昇するのを感じた。この部屋には俺と佳菜子しか居ない。やけに影は小さく見えるが、佳菜子が屈んで何かやっているのだろうと思った。そして暫くすると、ガラス扉が小さくキィ…と音を鳴らして半開きになった。何か急用なのか、もしくは久々に一緒に風呂でも入りたいのか。俺は口元がにやけるのを自覚しながら「佳菜子、入っておいでよ」と洗面所に向かって声を掛けた。 しかしいくら待っても佳菜子からの返答が無く、俺は不審に思って湯舟から立ち上がると洗面所へと首を伸ばす。そこはシンと静まり返っていて、佳菜子の姿は無かった。 影、見間違えていたのか? 一瞬そう思ってしまったが、今まで浴室のガラス扉が勝手に開く事なんて無かった。その時、廊下の方から子どもが笑う声が聞こえる。隣の部屋からか?確か隣は大学生の男の子が住んでいたと思ったが…いつの間にか入居者が変わっていたのだろうか。 何だか浴室内に妙な寒気を感じてしまい、もう一度湯舟に入ろうと振り返った。すると浴室内にある鏡に黒い人の影が横切り、俺は思わず「うわっ!」と声を上げて濡れた身体のまま洗面所まで後退ってしまう。寝室から訝し気な表情をした佳菜子が顔を出し、駆け寄って来ると濡れた床に眉を顰めた。 「どうしたの、変な声出して」 「ご、ごめん。佳菜子、さっき洗面所に来なかった?」 俺の言葉に佳菜子は「今寝室から来たばっかりなの見てたでしょう?」と呆れた様子で言う。それもそうだと、俺はもう一つ確認をした。 「今さっき、子どもの笑い声聞こえなかった?」 「…私は聞いてないけど」 佳菜子は完全に変なモノを見る目で俺を眺めていた。その視線に居た堪れなくなって、俺は雑巾で濡れた床を綺麗に拭くと「悪い、勘違いだったみたいだ」と佳菜子に告げて洗面所に戻った。 流石にもう一度湯舟に浸かる気にはならず、俺は冷えてしまった身体をバスタオルで拭くとリビングへと戻った。テレビ横のサイドテーブルの上には拾ってきたパスケースが異様な存在感を放っている。 俺はもしや、拾ってはいけないモノを家に招いてしまったのではないか。 そう思うと、また廊下から子どものはしゃぐ楽し気な声が聞こえて来た。
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