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『…ひっく…ひっく…』 蹲って泣いている『しまだゆうき君』らしい男の子は、もう一人の少年に頭を小突かれていた。俺は意識だけがそこに居た。風も匂いも感じながら、眼前で映画のスクリーンを眺めている心境で…空っぽの頭に映像だけが淡々と流れ込む感じだった。 『警報鳴り始めたな。どうすんの、次は行くの?』 『………ひく』 『泣いてたって何も変わんねーよ。明日もまた虐められる日を繰り返すの? それとも噂を信じて飛び込む? …もしかしたら本当に天国行けるかも』 嘲るような下卑た笑顔を浮かべ、その少年はもう一人の少年を見下ろしていた。ゆうき君らしい少年は光の無い瞳で空を見つめ『天国…』と呟いている。 『お前が鼻血なんか出すから、買ってもらったばっかのスニーカーに血がついた。最悪』 髪を掴んで思い切り引っ張っても、泣いている少年は何も感じていない様子で呆けていた。ただ電車が来る方向をジッと見つめていた。俺は痺れた頭でぼんやりと大家さんに聞いた事を思い出していた。ゆうき君はいじめられていたらしい。そして電車に轢かれて亡くなった、と。踏切のけたたましい警報をどこか意識の外側に感じながら、俺はこの後の展開を想像して心臓が早鐘を打った。 『うわっ!』 ハッとした俺が少年達の方へと視線を向けると、ゆうき君を虐めていた少年の緩んだ靴紐が何かに絡んだように引っ掛かっており、足をバタバタと動かしていた。少年は訳が分からない様子で顔に恐怖を浮かべている。それはそうだろう。傍目には何も無いのに、足を引っ張られているのだから。ゆうき君もその様子を不思議そうな顔で眺めていた。宙で何かを振り払うようにバタつかせる少年は、「おい、島田!見てないで助けろよ!」と叫ぶが、ゆうき君はただ見ているだけであった。焦りと怒りで何かを叫ぶ少年の声は、やがて電車の急停止のブレーキ音に掻き消える。最期まで電車をぼんやり眺めていたゆうき君は、衝突するその瞬間まで薄く口元を笑わせていた。 俺はその一連をただ眺めているしか出来なかった。 声も出せない、動けもしない中で見ていた映像が過去のものなら、恐らくゆうき君がいじめっ子を死なせた訳ではないのだろう。俺の目には解けた靴紐を執拗に引っ張る黒い手が見えた。ソレが何の手なのかは分からない。けれどあのパスケースとそれに絡みつく靴紐の持ち主は分かった。落とし物は二つだったのだ。結局、あのパスケースをゆうき君の母親に返したところで解決はしなかったのだろう。 目を覚ますと、俺は仕舞い込んでいたパスケースと絡みつく靴紐を取り出して眺めながら「どうしたら成仏するんだ?」と問い掛けていた。 部屋の隅から、こちらをジッと見つめる視線を感じながら。
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