03

1/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

03

ある日、部屋で取材写真を整理していた時だった。 外出から戻って来たらしい佳菜子が珍しくノックもせずに俺の仕事部屋の扉を開けたかと思うと、興奮した面持ちで「私、妊娠してた」と告げた。 聞き間違いかと思った俺が「…え?」と聞き返すと、「今日産婦人科に行ってみたの。…最近の体調不良とか、そのせいだったみたい。ごめんね、もっと早く気付けば良かった」そうしおらしく頭を下げる佳菜子を思わず抱き締め、久々にキスをした。落とし物を拾ってから淀んでしまっていた家の空気が、一変して明るくなった気がした。 腕の中の佳菜子は自分がピリピリしていた原因が分かって憑き物が落ちたようにすっきりとした面持ちで笑っている。まだ全然膨らんでいない自分のお腹を擦りながら、自分からもキスをしてきた。 幸せだ。そう思っていると、視線を感じてギクリとする。 部屋の隅に顔を向けると、いつもよりはっきり見える少年の影が俺達を見ていた。その視線は今までと違って見えて、俺は佳菜子を抱く力を強めた。佳菜子は「どうしたの?」と笑っているが、俺は何も答えずただ少年の影と相対していた。やがて影はスッと俺達の傍まで移動して来たかと思うと、俺の顔を真下から見上げている。影には輪郭しかないから、その表情は分からない。夢で見た“ゆうき君”なのかも判別がつかない。けれど何故か真っ黒い人影の目に当たる部分が、こちらを見ている事だけは理解出来た。 少年の影は佳菜子の腹部を指差し、それまで何も無かった口元に半月型の口を浮かび上がらせた。笑っている。嫌な予感がしたが、少年は暫くにやにやと口元を歪めて笑って見せた後、溶けるように消えてしまった。今までの消え方とは違っていて、俺は慌てて周囲を見渡したがどこにも居ない。 佳菜子が寝た後に落とし物を探したが、部屋のどこを探しても出て来なかった。成仏をしてくれたのだろうか。にわかには信じられず、俺は暫く影と落とし物を探し続けたが、どちらも二度と現れなかった。 反して、佳菜子のお腹の子は順調に育っていった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!