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アドバルーン
学校で、「広葉樹観察」なる宿題が出た。
観察ノートと筆箱を片手に近所の銀杏並木に行くと、道の端っこで絵描きのおじさんが鼻歌交じりにスケッチをしていた。
そっと絵を覗き込むと、そこには実際の風景には明らかに無い物があった。
「おじさん、何描いてんの?」
「向こうのビル街さ」
「ふぅん。でも、この気球みたいなのは──?」
“実際の風景に無い物”について尋ねてみる。
「これはアドバルーンっていうんだよ」
「あどばるーん……って、何?」
「デパートの上に浮かんでた、宣伝用の気球のことだよ。昔のデパートにはそういうのがいっぱいあったんだ」
「ふぅん。何で無くなっちゃったの?」
「デパートの周りにビルがいっぱい立ったからね。高層化──ってわかるかな?」
「うん、わかる」
「その高層化によってね、建物に遮られて宣伝が見えなくなるし建設の邪魔になるしで、だんだん無くなってったんだよ。──でも、おじさんは昔も今もここの風景が好きだから、今の景色に“こいつ”をささっと描き足してみたのさ」
「……コラボレーション」
ぽそっと漏らすと、おじさんが「ん?」と僕を見る。
「こらぼれーしょん……って、何? 最近よく聞く言葉だけど」
「なんか、いいものといいものが組み合わさって、面白いことしましょうってヤツ」
「ほほう……」
おじさんは興味深そうに頷いた後──。
「はははっ」と笑った。
「なるほど、そうだねぇ。今と昔のこらぼれーしょん」
そう言って、またウキウキと筆を走らせる。
「子供の頃ね」
と、描きながらおじさんは語りだす。
「デパートが好きだったんだ。アドバルーンのふわふわがね、まさにデパートを前にする子供たちの心そのものだったんだよ」
静かに笑うおじさんに僕はふぅんと頷いて、おじさんの視線の先を見た。
「今もちょっと、ふわふわしてるね、おじさん」
「そうだろう? いいだろう」
おじさんはフフンと得意気だった。
そういう場所以外にも、今は楽しいことがいっぱいあるけど。
ちょっと行ってみたいと思った。
ふわふわと胸躍る、子供と大人のワンダーランドへ。
【end】
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