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≪智生≫ 麗が寛太と別れたらしい。 商店街の噂好きなおばさんから聞いた。 麗は商業高校を卒業し、おじさんから豆腐作りをミッチリ教わる毎日が始まってる。 高野豆腐店は早朝、新聞配達と同じ位の時間に、閉じたシャッターの隙間から灯りが漏れる。それは、麗が修行を始める前から続いている変わりない日常。 しかし開店後、店番に立つ麗が欠伸を噛み殺している姿を、いっとき目にした。 商店街で最初に俺の事を「チイ」と呼び始めたのは彼女だ。 目の前の豆腐屋の小さな女の子が、俺の事を「ともき」と発音出来なくて、父方の祖父母が俺につけた愛称を教えてあげた。 それから俺の顔を見ると、否見えなくても「チイ兄ちゃん」「チイ(にい)」と連呼してまわった 寛太も同じ商店街だから、昔から見知っている。初め2人が付き合ってると聞いて、驚いた。 それ位2人はタイプが違う。 商家特有の威勢の良さを麗は持っているが、寛太は物静かだ。 寛太の進学先を巡った父子(おやこ)の一悶着。反対する父親を母親と妹が説得したとか、その背中を後押ししたのが麗だったとか、様々な噂を耳にした。 俺は麗が付き合うなら、佑だと思っていた。 住んでる町内も高校も違ったが、しばしば麗の口から佑の名前が軽やかに出てきていた。2人とも俺に懐いてて、ノリが良く似ていた。
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