夕暮れの洗濯物

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夕暮れの洗濯物

 そんな夜の生活に変化が訪れたのは、秋のはじめのある日のことだった。  日光を遮断していても、僕自身以外に、この部屋に日光を必要とするものは存在する。  洗濯物である。日に当てて干さなければまともに使えないのだから。  小さなアパートに浴室乾燥機なんかの高等な設備なんてあるわけもないので、部屋干しばかりでは臭いがついてしまう。だから、基本的に朝だけカーテンと窓を開けて、洗濯物を外に吊るしていた。そのあとすぐに僕自身は引っ込んでしまうのであるが。  でもそうすれば洗濯物は大抵、からりと乾いている。一日が終わる頃には。  なるべく昼間の様子は見たくなかった。道に面しているので、多少は人通りがあったりするのだ。そんな様子は嫌いである。  だから夕方、昼間が終わる頃にやっとカーテンを開けて、洗濯物を回収する。それでまたすぐに引っ込むのだったけれど。  その日は違っていた。  洗濯物を取り込んでいると、なにかが目に映った。近くの家の屋根に、猫がいる。  黒猫。真っ黒。体型は細め。オスかメスかなんてことはわからない。  でも珍しいものじゃない。カラスなんかもたまに見かけるし、そういうたぐいのものだ。  けれどちょっと目を引いたのは、その猫の視線が僕に向いていたからだ。  金色の目で僕をじっと見てくる。  僕は戸惑った。なんでこんなに見てくるというのか。  猫にとって魅力的なものなんてないだろう。洗濯物だって、僕自身にだって。  なのに、猫は僕が洗濯物を取り込んでいる間じゅう、ずっとこちらを見ていたのであった。  僕はなんだか気まずくなった。ひとの目に晒されるのは好まない。猫だろうと、自分を見ている相手という点は同じなのだ。  よって、そそくさと洗濯物を回収し、引き上げてしまった。窓を閉めて、シャッとカーテンを閉める。  僕の世界は元通り、夜になった。なんだか普段よりずっと、ほっとしてしまった。  それで気付いた。  事務的な対応しかしない、コンビニやスーパーの店員といった存在以外と目を合わせたのは、ずいぶん久しぶりであったことに。
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