夕暮れの洗濯物

4/4
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 数日後。  今度はぎょっとするより前に、コトは起こった。  こんこんっと窓が音を立てたのだから。  時刻は夕方に差し掛かっていた。僕はそのとき仕事をしていたのだけど、心臓が飛び出すかと思うほど驚き、ペンタブのペンを落っことしそうになった。  なんだ、なにか当たったというのか。なにか飛んできたのか。  だがそれは違ったようだ。こんこんっと、もう一度、音がする。  誰か、もしくはなにかがいるのだ。  ここは二階だから人間ではないだろう。いるとしたら泥棒かなにかに決まっているし、そうであればご丁寧に窓を叩いたりするものか。  それなら……。  緊張に胸をバクバクさせながら、僕は思い出した。  ここしばらく僕が洗濯物を取り込むときに居る、黒猫のこと。  あれ、だろうか。  思えばその通りのような気がした。  音は小さく、窓の下のほうから聞こえてきていたのだから、動物が叩いていてもおかしくない。  だが、どうして、なんで。  でも無視もできない。確かめなければ。  よって僕はペンを置き、そろそろ窓へ近付いた。ごくっと唾を飲んでから、ゆっくりカーテンを開ける。  そこにいたのは果たして、あの猫であった。僕の動揺など知るものかとばかりに窓の前に座っていた。  僕が顔を見せたので満足したのか、また口が開いた。窓越しなので聞こえなかったけれど、また、にゃぁと鳴いたのだろう。  僕は、しっしっと手を振ってみた。ここに居られても困る。  別に害はないけれど、窓を叩かれては気が落ち着かない。  でも猫は動かない。ちょっと首をかしげた。どうして追い払われるのか、という様子ですらあった。  こっちこそ聞きたいよ、と僕は思った。どうして押しかけられるのか。  僕と猫はしばらく攻防した。僕は手を振り、追い払おうとし、向こうは居座る。  でも結局、屈したのは僕であった。カーテンに手をかけ、閉めてしまった。  また叩かれるだろうか、と思ったけれど、幸いそれはなかった。いつまでそこにいたのかわからない。  一時間ほどあとに、確かめるために少しだけカーテンを開けて覗いたベランダ。  そのときにはもういなかった。僕はほっとしたものだ。  窓の外は夕方も過ぎ、ゆっくり夜に移り変わろうとしていた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!