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来訪者
それ以来。夕方はちょっと変わった時間になってしまった。
夕方になれば、こんっと音がする。『来客』の音。
僕は窓に寄って、遮光カーテンを開ける。夕暮れの穏やかな日差しが入ってくる。その下に、黒猫がちょこんと座っているのである。
「はい」
僕が今日、差し出したのはひときれのかまぼこ。パック総菜の容器を洗っただけの、申し訳程度の食器に入れたそれに、黒猫は素直に口をつけた。
もぐもぐと食べる音がする。それを見て、かわいらしい、なんて思ってしまった。
野良に餌をやるのも良くないし、そもそも猫に人間の食べ物は良くないとか聞くけど知るもんか。おいしそうに食べてるし、こいつの健康管理をする義務もない。こいつから訪ねてきたんだ。
毎回頭の中でする、そんな言い訳を浮かべながら、僕は黒猫がかまぼこを食べるのを見守ったのだった。
今日で来訪は四回目。餌をやったのは三回目であった。
何故か訪ねてくるこいつに、間を持て余して魚肉ソーセージなんかやってしまったのがスタートだった。
それで『餌がもらえる』と覚えたのか。毎日やってくるようになったのである。
ただ、餌をねだってやってきたのではないだろうな、と僕は思うのだ。
僕が餌をやったのは結果的に、でしかないし、最初はそんな目的で訪ねてきていなかったはずだ。
ではどうして。
考えるも、わかるはずがない。
ので、考えるのはやめた。ただ、餌をもぐもぐ食べるこいつをじっと見ているだけであった。
餌を食べ終われば、黒猫はぺろりと口の周りを舐めて、それでおしまい。僕を数秒見つめて、僕がどうしたものかとたじろぐ頃に、さっと行ってしまうのだ。
ベランダの手すりに飛び乗って、そこからどこかへひょいひょいと。猫らしい見事な身軽さだった。
夜になりつつある外へ向かって、気楽に飛び出していける。
なんだか羨ましいな、なんて思ってしまったけれど、そのときはまだそんな気持ちに気付いてはいなかった。
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