<3・こんにちは>

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「…………」  みんなが新人の到来にわいのわいのと騒いでいる中、その少年だけは色のない目でじっと風船を追いかけていた。ふわりと同じくらい、そう僕の兄――人間でいうところの小学生くらいの年齢をした少年に見えた。銀色のはくりくりしているというよりぼさぼさで、青く綺麗な眼をしている。ただ、その眼はまるで無気力であるように感情をなくし、黒い風船の行方をぼんやりと見つめているように見えたのだった。  彼も、元々は人間ではないのだろう。ピンとたった三角形の耳、ふんわりと豊かな銀色のしっぽ。多分、彼も元々は犬か何かの動物であったのではないだろうか。 「ふわり、あの子は?」 「ん?」  なんとなく少年のことが気になってしまって、ふわりに声をかけた。ふわりは少年を見ると、少しだけ顔を曇らせる。 「ああ、あの子。……気づいちゃったんだねぇ。あの子はなかなか、この世界に馴染まないみたいなの。というか、なかなか楽しい気持ちになれないみたいだねぇ。まあ、この世界に来る子には、いろんな事情があるから。元々は犬……シベリアンハスキーの子犬だったみたいなんだけど、あまり人間の世界に良い思い出がないみたいだから。名前は、シリル」  シリル。シベリアンハスキーだからかな、と安直なことを思う。彼はちらり、と僕の方を見ると、そのまま踵を返して道の向こうへと歩いて行ってしまった。そのまま緑色の一戸建ての中に入っていく。どうやら、そこが彼の家であったらしい。 「目立つよね。みんなが幸せで楽しい気持ちでいっぱいのこの世界で、ひとりだけつまらなそうな顔をしていると。私は、それがとても残念なんだよねぇ。この世界の神様も、きっととっても残念に思ってる。辛い記憶も、悲しい想いも忘れて、そういう子達がみんなハッピーになれるようにって、神様はこの世界を作ったのに」 「辛い記憶も……?ってことは、僕の記憶が曖昧なのって……」 「あ、それは違うよリオ。この世界に飛んできたばっかりの子はみんな、記憶がぼんやりしちゃってるの。だから、暫くしたらリオもいろんなことが思い出せるようになると思う。ただ、辛い記憶が蘇ってきて苦しかったら、いつでも言ってねってこと。神様はそういうものを吸い取って、忘れさせてくれることもできるから」  にこにこと笑いながら、ふわりは告げる。 「だって、幸せになるのに……辛い思い出なんて、要らないでしょ?」  僕はその問いに、イエスともノーとも返すことができなかった。この世界のできた理由と意義、彼女達の考え方を知って、小さな違和感を感じ始めていたからかもしれない。  幸せになるために、辛い思い出は要らない。  果たして本当に、そう考えてもいいものなのだろうか。
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