4人が本棚に入れています
本棚に追加
「君は……」
そこにいたのは、朝此処に来た時に紹介された元シベリアンハスキーの少年、シリル。相変わらずの無表情で、彼はその場にじっと佇んでいた。僕が帰ってきたのに気づいて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「あんた、記憶が曖昧なんだってな」
まだ声変わりを終えていないであろう少年の、しかしどこか低く抑えたような声で彼は告げた。
「だったら、この世界に先にやってきた先輩として、一つ忠告しておく」
「ちゅ、忠告?」
「記憶が戻っても、それを誰かに言わない方がいい。特に、ふわりには。あの女は、この歪んだ世界を作った神様の手先だ」
僕は驚いた。あのふわふわで優しそうなふわりのことを、そのように呼ぶ者がいるとは思ってもみなかったからだ。
しかも、彼はこの場所を“歪んだ世界”と言った。それは一体どういう意味だろう。
「お前も薄々気づいているのかもしれないが、まあいい」
僕が答えないままでいると、彼はため息を一つ吐いて――そのまま僕に背中を向けて歩き出したのだった。これ以上は今話しても意味がないとでも言うように。
「明日になれば、わかる。俺が言っている言葉の意味が」
シリルが何を言おうとしたのか。実際翌朝になって、僕はそれを悟ることになるのである。
翌朝、目が覚めた時、町は明らかにざわついていた。ふわりが家に飛び込んできて、慌てたように教えてくれたことに僕は仰天することになるのである。
僕が最初に見た、あの滝壺のある山で。
住民達が大パニックになるような事態が発生してしまったのだというのだ。
そう、あの、黒い風船によって。
最初のコメントを投稿しよう!