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「此処に来ると、みんな自分の好きな姿に変身できるの。リオも人間の姿になったってことは、人間みたいになりたかったってことなんじゃないかな!」
ふわふわの床は気持ちがいいけれど、歩くのには少しコツがいる。ゆっくりしか進めない僕に、彼女はちゃんと歩調を合わせて歩いてくれた。
「此処にはいろんな子が来るの。吸い寄せられるように、不思議な重力が働いてるんだね。わたしみたいに、元々野良猫だった子もいるし、人間もいるし、他の動物もたくさんいる。この入口の空間に吸い寄せられて来た子を案内するのが、此処の神様にお願いされたわたしのお役目!」
「神様、がいるんだ。吸い寄せられる子には、共通点があるの?」
「あるよ」
ふわ、と彼女の長いしっぽが僕の鼻先を横切った。
「寂しい子が、此処に来る。……ねえ、リオ。君も心当たりがあるんじゃないのかな?」
「!」
心当たり。
『お母さん、どこ。どうして、帰ってこないの』
『嫌だ。嫌だよ。そんなの嫌だよ。あったかいベッドがあっても、ごはんがあっても、他の誰かがいてくれても……お母さんが傍にいてくれないなんて、嫌だ』
此処に来る前に自分が思っていたことを、思い出した。
自分を置いていなくなってしまったお母さんを、どこかで恨んでいて。でもそれ以上に本当は、寂しくて寂しくてたまらなかったのだ。
また、捨てられるのではないかと思ったのである。だって自分は前にも捨てられたことがあったから。はっきりとは覚えていないけれど、寒い寒い雪の中置き去りにされて、ずっと泣き叫んでいた時間があったような気がしてならないから。
そんな孤独をもう一度味わうのではないかと、そう思ったら胸が締め付けられるように苦しくなって。ベッドの中で丸くなって眠ったのは確かなことであったから。
「……君も、寂しかったの?ふわり」
もやもやとしてはっきりしない己の気持ちを、口にするのはなんとなく憚られて。思わず質問に、質問で返してしまった。彼女はこちらを見ることなく、ただ一言“そうだね”とだけ言った。
それ以上は今はまだ何も聞くな、と。なんとなくそんな壁を感じる声色だった。
「此処だよ」
いつの間にか、自分達は一枚の緑色のドアの前にたどり着いている。空間にぽつんと佇むそのドアが、どうやら次の場所への入口となっているらしい。
「この向こうに、わたしたちの国があるの。此処に吸い寄せられてきた子は、みんなわたしたちの仲間。歓迎するよ、リオ。一緒に、たくさんたくさん遊ぼうね」
そして彼女はそのドアのノブを、躊躇うことなく回して見せたのだった。
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