<2・いらっしゃい>

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「みんないろんな事情があるんだよ。ナマケモノみたいに、誰にも干渉されずにのんびり生きたかったんじゃないかな。でも、この場所にはたくさんの、同じ気持ちを背負った仲間がいるから一人じゃない。一人になっても、独りにはならない世界が欲しい。そう思う人たちが、此処にはどんどん集まってくるんだねぇ」  人間として生まれたのに、動物に変わってしまいたい、喋れなくなってしまいたいと願う者もいるのか。僕にはあまり理解できなかった。だって、人間という生き物はとても便利ではないか。二本の足で立って動けて、自由に言葉が話せて、手先が器用でいろんなことができて。人間にしかない文化や楽しみがたくさんある。便利なこと、楽しいことが一番多いはずなのに、それを全部なくしてナマケモノになってしまいたいだなんて。  僕はそう思ったが、口に出すのはやめた。人間ではない僕に、人間の苦労全てがわかるわけではないことくらい理解していたからだ。  同時に、ふわりの苦労も。彼女も此処にいる以上、なんらかの孤独を背負っていたに違いないのだから。 「此処みたいに滝や森のエリアもあるし、小さな村もあるよ。人間みたいに、テレビとかインターネットがあるわけではないけれど、たくさん本やちょっとした遊びはあるし、退屈はしないと思う。この山の麓にある村は、私が今住んでいるところでもあるから……今から案内するね」  ついてきて!と彼女は嬉しそうに跳ねながら絵本ちっくな草木の生えた道を駆け寄りていく。思った以上に足は早い。元猫であったというのならば、二本足で走るのはそうそう得意ではないような気がするのに――あるいはそれに慣れるほど、彼女は長いことこの場所にいたのだろうか。  自分も素早さにはそこそこ自信があったが、それでも油断するとあっという間に引き離されてしまいそうだった。風を切るように山を駆け下りていくのは気持ちがいい。この世界に来るまでは、こんなに身体が大きくなかったこともあってこんな風に強く風を感じることもなかった気がする。自分は元はなんの動物だったんだろうか。それも、この世界にいるうちに思い出せるのだろうか――そう思っていると、視界を横切っていくいくつもの風船のような丸い球が目に付いた。  さっきのドアを潜る前の空間にもあったもの。この世界には、あの謎の球体がそこかしこに浮かんでいるのが当たり前であるらしい。カラフルなそれは目にも鮮やかだが――その中に稀に、明らかに毛色が違うものが混じっていることに気づいたのだった。  黄色やピンク、赤、青、白、オレンジ――それらに混じって佇むのは、一際大きな黒い球体だ。
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