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27日のAM11時50分。それが今、51分になったのをデジタル時計で確かめた。
ヤバイ。いや、ヤバイなんてもんじゃない。締切は本日20時。それまでにこの真っ白なテキストエディタを、1万余もの活字で埋め尽くさねばならないのだ。
「無理だよ、マジで無理だよチクショウ……!」
大内切之丞(おおうちきりのじょう)なんてペンネームで、プロ作家の仲間入り出来たまでは良いが、やはり商業誌の世界は厳しかった。何度出しても書き直し、練り直しからの書き直し。この異常とも思える仕打ちに、とうとう頭は創造を拒絶するようになってしまった。
出ない。もう一文すら出てこない状況が、かれこれ3日も続いていた。辛い、苦しい。憧れの小説家というポジションが、まさかこれほどに過酷なものだなんて知らなかった。
「つうか、んな事はどうでもいい! 何か思いつけよこの野郎!」
爪で頭皮を掻きむしっても、別に毛穴からアイディアが出るはずもなし。ただ苛立ちが募り、いよいよ鼓動が早まるのを感じた。
「間に合わなかったらどうなるんだろ……やっぱり契約解除かな。もしそうなら……へっ……へっ……!」
そこで大きなクシャミが飛び出した。なぜだろう、鼻がやけにムズ痒い。穴の近くに指を伸ばしてみると、ピロッと気楽に伸びた毛に触れた。
「まったくよぉ。鼻毛ばっかで、才能が全然伸びてこねぇんだから……」
摘み、引き抜く。するとどうだろう。チリッとした痛みの向こうに、ほんの一瞬だけ何かが見えた。それは自分でも分からないが、素晴らしいものだという事だけは理解できた。
「今の、もう1回だけ見れねぇかな」
鼻の穴に指をつっこんで、また毛を抜いた。そうすると同じ光景が浮かびあがり、消えていった。
「もしかして、痛覚がスイッチなのか……?」
それからも鼻毛を抜いてみたが、繰り返す程に効果は弱まっていった。もしかすると刺激に慣れたせいだろうか。確かな成果を掴むには、ある程度の工夫が必要なのかもしれない。
オレはとりあえず辺りを見渡した。効率的に痛みを感じ、それでいて怪我にならないもの。そんな都合の良いアイテムを求めて、あてどもなく部屋の中をかけずり回った。
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