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「ふぉぉ……オレの作品が載ってる!」
献本として送られてきた雑誌の最後には、確かにオレの小説が載っていた。大内切之丞。おおうちきりのじょう。その名を繰り返しつぶやくと、小さくない喜びが押し寄せてきた。
起死回生の作戦は大成功、何でも試してみるもんだ。オレは功労者である自分の尻を、褒め称える代わりに撫でておいた。
「大内先生、先日はありがとうございました!」
珍しく着信したスマホに応答してみれば、それは担当者からだった。声が明るい。もしかすると昇進とか、何か良いことがあったのかもしれない。ほんの半月前までは、聞いていて心配になるくらい重い口調だったもんだが。
「こちらこそ、ありがとうございます。雑誌に載るだなんて、まだ信じられません」
「もちろん現実ですよ。先生さえ良ければ次号も、またその次も」
「おぉ……マジですか。お願いします!」
思いがけない朗報に喜んでいると、辺見さんは口籠った。そして窺うように、それでいて笑いを噛み締めた様な声で尋ねてきた。
「ところで先生。急激に伸びましたよね、何かあったんですか?」
その言葉が小さくない痛みを胸に走らせた。
「いえ、特別な事は何も……」
「またまたぁ。別の人が書いたとしか思えないくらい、凄い上達ぶりでしたよ?」
マズイ。これは盗作とか、あらぬ疑いをかけられてるのかもしれない。
包み隠さず話しておこうか。でも、リアルに尻を叩きながら書きました、とか言えるはずもない。変態だなんて誤解を与えかねないからだ。
「えっとですね、追い込まれたからだと思いますよ」
我ながら白々しいと思う。それでも辺見さんは納得してくれたようだ。
「なるほどねぇ。確かにそういった方は一定数おられます。先生もそのタイプであると」
「そのようです、はい」
「では、この話も朗報になりますよね」
「な、何ですか?」
「実はですね、先生には他にも連載をお願いできないかなと思いまして」
「本当ですか!?」
天にも昇るような気持ちとはこの事か。四十路を目前に控えて、ようやく陽の目を浴びた瞬間だった。
「はい。ですが締切がキツめの案件でして。しばらくは週に1本あげていただきたいんですけど、可能でしょうか?」
「週に……」
オレはダメージの残る尻に触れてみた。鈍い痛みが引き止めようとする。だが、それでもだ。
「やります、是非!」
「ご快諾ありがとうございます。では後ほど詳細をメールしますので」
「はい、よろしくお願いします」
電話を切った直後に押し寄せてきたのは、感激でも感謝でもない。不安だ。果たしてオレに書けるのか、そして身体は保つのだろうか。腹の底にジットリとしたものが這い寄ってきた。
「いや、いやいや! やるぞオレ、このチャンスを逃すわけねぇだろ!」
オレはとりあえずパソコンに向かった。まだ見ぬ境地へと至るために。
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