これは、バームクーヘンエンドか

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口を開き掛けた瞬間──視界の端に映り込む、人前式の写真。 忘れていた。──その現実に。己の立ち位置に。 熱く滾っていた想いが、ピキンッと音を立てて氷結していく。 「……」 何だよ。 ……何だよコレ。 本当、何なんだよ今更…… 今頃樹の気持ちが解ったって……既に家庭を持ってしまった樹に、この気持ちを伝える事なんてできない。 悟られる訳にはいかない…… 熱い涙が込み上げ、みるみる視界がぼやけていく。 何とか視線を解き、黒目を横に向け、溢れないように堪える。 ……瞬きもせず。 プルルルル…… 突然鳴り響く、着信音。 一瞬で空気を切り裂き、全てを現実に引き戻す。 我に返ったのか………樹の瞳が大きく見開かれた後、小さく黒目が揺れる。 僕から視線を外し、取り出した携帯の画面を確認した後、耳に当てた。 「もしもし。………ああ、うん。解った。 買ったら直ぐ帰るよ」 優しげな口調。 柔らかくて、心地良い声。 目を細めた樹は、口角を緩く持ち上げ……憂いを帯びたような笑顔を浮かべる。 「………奥さん、から……?」 「うん。ピクルス買ってきて欲しいって。 ……何故か。ピクルスとフライドポテトの二つしか、まだ食べられないみたいで」 「……」 「ごめん。……もう帰るよ」 樹が、席を立つ。 何も頼んでいないのにも関わらず、テーブル脇にあった伝票を手に取って。 「……じゃあ、愛月」 「……」 「バイバイ」 樹が、僕の横を通り過ぎる。 引き止めるなら、今しかない…… 膝の上に置いた手を、ギュッと握りしめる。 ……でも…… 今更追い掛けて……どうするんだ。 樹はちゃんと、バイバイした。 だから僕も……バイバイ、しなきゃ…… 「……」 そう頭では解っているのに。 この胸が、この想いが、いつまでも僕を責め立てて、苦しめる…… キャップを深く被り直し、上下の睫毛を柔く重ねて項垂れた僕は……肩を小さく奮わせ、声を押し殺して、泣いた。 零れ落ちる涙をそのままに…… カランカランッ ざわざわとした人の喧騒に混ざり、ドアチャペルの音が……遠くで聞こえた。 ───バイバイ、樹。 [了]
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