2話・1日で催眠術師になれたら苦労しない

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 予備催眠をかけたあと、明らかに阿南の表情は変わった。視線が定まらず、ぼんやりとした表情で虚空を見つめている。  椅子にもたれずとも倒れずに座っていられるのは、体幹がいいからだろうか。 「えっと……阿南さん大丈夫?」 「んー。ちょっと、ぽわぽわしてるけど平気……」  キョージンとは違う反応で戸惑った。  彼女の中で何が起こっているのか、理解できなくて混乱する。  ともかく、予備催眠をかけたら解くか進めるかしないといけない。頭を切り替え、マニュアル通りに本催眠に入っていく。 「じゃあ、俺の目の中をよく見て……」  言うと、阿南のとろんとした瞳とぶつかる。 「……」  キョージンのときは別段なにも思わなかったけど、このやり方ってもしかしたら恥ずかしいかも……。  ってしっかりしろ。ひとまずやり切ることを考えよう。  パチンと指を鳴らして、阿南に眠ってもらう。  椅子から落ちないように肩を支え、上体を安定させる。  ここまではうまく進んでいる。次は暗示だ。 「あなたは、言葉の出し方が思い出せません。ぼーっとしている感覚を感じれば感じるほど、言葉の出し方を思い出せなくなります。けれど、言葉は出ないけど、なぜか『ワン!』となら喋ることができます。OK、3つ数えて目覚めると、あなたは言葉を忘れて、ワンとしか言えなくなる。必ずそうなる。3、2、1……」  パチン。  指を鳴らしながら肩を押さえて軽く刺激を与える。  それに呼応するように阿南は顔を上げ、閉じていた目をスッと開いた。
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