2話・1日で催眠術師になれたら苦労しない

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「おはようございます……?」  恐る恐る声をかけてみると、阿南は「うーん……?」と唸って、わずかに顔をしかめながら首をかしげた。  ……あれ、変化なし?  あれだけかかってそうな雰囲気出してたから、また期待して力を入れてしまった……。  恥ずかしさ再来。黒歴史へまた一歩驀進(ばくしん)。  諦めて前のめっていた体を起こし、後ろの窓へと寄りかかった。その流れで、前の席でガン見していたキョージンへ肩をすくめてみせる。 「まあ、そーだよな……」と、キョージンも失笑して話し始めたときだった。 「わんわんっ」  話題は即座に放棄した。  ふたりでガバッと声の方へと向き直ると、阿南は口を押さえ、突然しゃっくりでも出てしまったかのような顔をしていた。 「えっ………………かかってる?」  聞いてみると、口を塞いだまま小さく首をかしげる。  いやそこはしゃべってよ。 「にっちゃん、自動車レースといえば、エフ?」 「……ワン?」 「いやそれじゃわからないから」  ボケる二人にすかさずツッコむと、 「わん。……っ!」  おそらく笑おうとしてぽろりと出てしまった「わん」に、阿南の顔がみるみる赤くなる。  な…………まじで?  黙って顔を見合わせていると、無情にもチャイムが鳴った。  クラスの人たちが次々に席に着くので、おれたちも慌てて解散する。  SHRが終わるとすぐに1限目の教科の先生が教室に入り、そのまま授業が始まってしまった。  嫌な予感というか、むしろ関知というか。蒔いた種は必ず回収をされる。物語とはそういうものである。 「じゃあ、この問題を阿南さん」 「わん! ……っ!?」 「って、まだそれ続いてんの!?!?」  運悪く先生に当てられて真っ赤になる阿南に、まあまあの声量でツッコむキョージン。  そしてざわつくクラスに、唖然とするおれ……。  お遊び催眠術が授業に入っても続いているなんて、よもやの世界だった。  どきどきと鼓動が早くなり、混乱と焦りでどっと汗をかく。  キッと阿南から非難の視線が飛んで来るが、教科書で顔を隠してガードした。  授業のあとで、阿南にめちゃくちゃ謝ったのは言うまでもありません。
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