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「あせってしまうのは、仕方ありませんね。ですが自分が好きなものを、考えてみれば見えてくるかもしれませんよ」  先生は後ろにいた生徒に呼ばれて、去って行く。あれこれ悩みながら帰り道を通っていると、背後から声をかけられた。 「ゼノビア殿下。いま、お帰りなのですか」  令外官ギルと文官クレアの娘アデリナだ。年は二歳上であるから、学び舎内ではめったにあわない。 「うん。城に戻ったら、謁見の間へ行かなくてはいけなくて気が重いんだ」  するとアデリナが手を握ってきた。 「ではわたくしも、ご一緒いたします。謁見の間へ行くのはかないませんが、お待ちしておりますね」 「ありがとう。本当は、心細かったの」  父親似の黒い瞳に、涙がうかんでしまう。なんと、親切な方だろう。この笑顔に幾度救われてきたか。重たかった足取りが、羽のようにかるくなっていた。  前言撤回。謁見の間の扉を前に、足が(おもり)のように動かなくなっている。深呼吸して、扉を開けた。母上と父上が、椅子に座って待っている。スカートの裾を持ち、定型通りのあいさつをした。
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