第十話「謎の光と新生活」

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第十話「謎の光と新生活」

 なぜ彼が? いったい何があった? 走馬灯のように視界がぐるぐる回る。  何度か目を合わせてみても、黙って近づいてくるばかりで止まってはくれなかった。   腰が抜けてしまって立てない。しばらく後ずさっていると、ヒタリと背中に石壁の冷たさが脊髄に通った。 「なんで⋯⋯。こんなことを」  声を絞り出し尋ねるが、彼は薄ら笑いを浮かべたまま答えを教えることはなかった。 「ハハッ、それじゃ⋯⋯な」  不敵な笑みをこぼしながら大剣を向け、それを躊躇いなく振り下ろした。 ——斬られた様子はない。 「あれ⋯⋯」  マジックツリーの枝が光っている。ケルの方に目をやるとうつ伏せになって気を失っているようだった。  そして、首に触れてみても痛みはない。 「なんだったんだろう⋯⋯」  疑問の念ばかりが暗闇の中に取り残されていた。  その後は何事もなく朝がやってきて、昨日のことは嘘のようであった。 「それでは、行ってらっしゃいませ!」  主人のほがらかな声と共に外へ送り出される。周りの人から見たら、きっといい人なのだろうなぁと思った。 「はぁ⋯⋯」  結局夜明けの出来事はなんだったのだろうか。怪我の跡もないので現実に起こったことなのかどうかも怪しい。  何があったのかをしばらく悩んでいると、心配そうにケルが声をかけてくれた。 「どうした? そんなため息ついて。よく眠れなかったか?」  調子がよさそうにケルに肩を叩かれる。反射的に力が入るが、それでは彼を傷つけてしまうだろうと思い、すぐにやめた。 ⋯⋯起こったのかさえも曖昧な出来事を思考するのは無意味だ。  気を取り直して、これからのことを考えよう。そうしたら忘れられるに違いない。 「⋯⋯いや、これからどうするのかなぁと思いまして」  今僕たちに一番必要なのはお金だ。昨日一泊したことにより財布は本当に空になってしまったのだ。そのため仕事を見つけてなんとかお金を稼ぐ必要がある。 「そうだな⋯⋯。とりあえず今日泊まるところの確保からだな」  お金を稼ぐのにまず思い浮かんだのは物を売ること。  しかし持っている物で売っても問題ない物は使い古した帽子とローブと杖。買ってくれる人はいないだろう。  となると肉体労働をすることになるが、十歳の僕を雇うところなんてあるのだろうか?ケルが働くとしてもそもそもこの街の人は獣人を嫌うので働かせてはくれないだろう。  模索しながら歩いていくと何やら人だかりができている。人々は皆大きな看板を見つめていた。  そこにはいくつかの紙が貼られていて、何かが書いてあるようだ。早速近づいてみてみる。 「えっと、あの看板はなんでしょう?」  次々とパーティと思われる人たちが貼られている紙を剥いでいく。  時々仕事の取り合いでトラブルになるようで、大声でいがみ合う人達もいた。 「ああ、あれは依頼掲示板だな。依頼がある人はこの掲示板に紙を貼って報酬を書く。その依頼を終えた人は報酬を貰えるってわけだ。ま、俺には縁のない話だが⋯⋯」  なるほど、だからこんなにも沢山の人が集まっているのか。それならば、僕たちにも受けることができそうな依頼を受ければ良いのではないだろうか? 「それじゃ、依頼を受けてみません? ひとまず宿のお金を集めないと」 「しかし、依頼を受けるにはギルドで手続きを受けて証明書を貰わないといけない。そのためのお金を稼がないと始まらないからな⋯⋯」 「そうなんですか⋯⋯」  お互いに肩を落とす。お金を稼ぐのは大変なことだ。  そこに、一人の男性が僕に声をかけてきた。何か大きな荷物を積んだ車をガラガラと音を立てて引いている。 「やあ、そこの若いの二人。少しいいかい?」 「こんにちは。先日この街に来たネスロミーツ・アレスターヌです。何かご用ですか?」 「ああ、よければで良いんだが⋯⋯君の奴隷の獣人を少し貸してくれないかい?」  ツンと張り詰めた空気が僕の周りに流れた。彼に悪気はないのかもしれないが、なんだか無性に腹立たしかった。 「⋯⋯ケルは僕の奴隷なんかじゃありません。一緒に冒険をする仲間です」  すると、ケルが目を点にしながらこちらをとがめる。 「バカッ! お前、せっかく金が手に入るかもしれないのに!」  僕の発言を聞いて車を引いた男性は呆然としていた。しかし、その後すぐに笑みを取り戻した。怒らせたわけではないようだった。 「すまないね、君がそんなに大切にしているとは思わなくて⋯⋯。こんなパーティは初めて見るよ。ところで、ケル君だっけ? 荷物の護衛を頼みたいんだが、いいかい?」  意外な反応に、僕たち二人は戸惑いを覚えた。しかし、これはなんて幸運なことだろうか! 「⋯⋯あ、ああ。勿論引き受けるが、どうして掲示板に貼らなかったんだ?」 「⋯⋯掲示板で頼むと仕事の質が悪くてね。だからまともそうな君達に声をかけたんだよ」  どうにかしてお金を手に入れようと仕事が雑になってしまうのだろうか。荷物が台無しになったら嫌だよな⋯⋯と思った。 「ということで、いいかな? 彼に手伝ってもらっても。報酬は⋯⋯そうだな、1500タリスで」  少し悩んでいると、痺れを切らしたようにケルが自ら前に出た。 「ああ、手伝ってやるよ。ネスロは昨日この街に来たばかりだから今日はこの街を探索するといい。植物も沢山あるからな」  そう言うと、彼は荷車の後ろについた。 「それじゃあ決まりだな。荷物は森の向こうの街に届けるんだが、モンスターがうようよいるからな⋯⋯。それらから俺とこの荷物を守って欲しい」 「了解」  離れていく二人の背中。僕は結局手を振ることしかできなかった。  森の中に足を踏み入れると、いろいろな音が混ざって耳に入ってくる。荷物を背にして周囲の音に耳を澄ますが、近くに危険な魔物はいないようだ。 「この辺りに魔物はいないようです。しばらくは安心してお運びください」 「そうかい、やはり獣人は荷物警備に便利だな。安全に運べる」  荷物を魔物から守るという仕事は獣人が輝くことができる珍しい仕事だ。仕事の単価も良いのでこの依頼は率先してこなすといいのかもしれない。  少し慣れない敬語にもどかしさを覚えつつも歩みを進めていった。  曲がりくねった道を進んでいくと、だんだん草が生い茂る手入れの行き届いてない場所が増えてくる。その草を剣で切り裂きつつ歩みを進めていった。 ——すると、先ほどまで耳に入らなかった異様な音が聞こえた。おそらく魔物のものだろう。 「止まってください。この近くに魔物がいるようです。ところで一つ聞きたいことがあるんですが、荷物の中身は⋯⋯?」 「ああ、これは干し肉さ。隣町では好評だからよく売れるんだ」  そういうとタバコの吸殻を足で踏みつぶし火を消す。ジュッと音がした後に煙が昇った。独特な匂いが鼻につく。 「それなら干し肉の匂いがするので隠れても匂いでいずれ気付かれると思いますが、少し隠れていてください」  剣を構える。聴覚、嗅覚をフルに活動させ集中する。グチョ、ペチッといった液体のような音が近づいて来ている。 「スライムか⋯⋯」  スライムは、球体で液体と固体の両方の側面を持ち合わせた体液で構成されており、普段は群れをなして暮らす魔物。旅人や商人を襲いそれを食べて生きている。  スライムを相手にするのに剣では分が悪い、魔法が使えれば楽に倒せるが生憎練習も何もしていない。逃げようにも荷物のせいで逃げ切れるかどうか微妙だ。   この場を切り抜けるために思考を巡らしてもなかなかいい考えが思い浮かばない。すると、再びタバコの匂いがしてきた。 ——タバコの吸殻。  脳に電流が走る。スライムの体内に火を取り込ませれば。 「その吸殻を貰ってもいいですか?」 「え、ああ。構わないが」  まだ火がついている吸殻を手でつまみ、依頼主の手を引く。 「一度荷物を置いて離れてください。スライムを倒します」 「ほ、干し肉をダメにするんじゃないぞ!」 「安心してください。商品に手出しはさせません」  静かに荷車から離れ、低木の影からスライムの様子を見る。大きさは腰の高さほどだろうか? 幼体で助かった。  干し肉の積まれた車が気になるのか見つめている。親はいないようなので一人ではぐれたのだろう。  音を立てないように後ろから近づき、吸殻を剣の先端に取り付けスライムに突き刺し、剣を抜き取る。  タバコの吸殻はうまくスライムの体内に残ったようだ。これなら炎がスライムの体を蝕むはずだ。  その瞬間スライムの体はみるみる膨張し剣を引き抜いた部分から半固体状の体液がサラサラとした液体となって流れ出す。幼体であるからか絶命までに時間はかからなかった。  水たまりのように体液が地面に広がる。 「さあ、もう大丈夫です。荷物を運びましょう」 「ああ、わかった」  ペチャペチャと音を立てる靴底に違和感を覚えつつ森の中の道を再び歩き始めた。  木々はだんだんまばらになっていき、薄暗かった景色も明るさを取り戻してきた。 ⋯⋯いきなり目に光が入り込む。どうやら無事に森を抜けることができたようだ。 「はあ、ありがとう助かったよ。ほれ、これは報酬だ」  そういうと1700タリスを手渡された。 「おや、200タリス多いようですが⋯⋯」 「ああ、スライムを見事倒してくれたからね。助かったよ、ありがとう」 「⋯⋯それでは、ありがたくいただきます」 「また今度も君に頼むことにしようかな」  カラカラと陽気な車輪の音と共に依頼主が町へ入る。ここは完全に獣人が入れない町であるのでここで仕事は終わりだ。  帰り道、少し陽が高くなり森は行きよりも明るくなっていた。そういえば、ネスロと出会ったのもこのくらいの時間だったことを思い出した。  デヴァリニッジに入ると色々な目線が突き刺さる。冷たい眼差し、軽蔑の眼差し、嫌悪の眼差し。その中に、ひとつだけ他とは違う眼差しがあった。 「あ⋯⋯荷物運び、無事に終わりましたか?」 「勿論。それで、このあとはどうするんだ?」 「そうだ、僕もこれから薬草を摘みに行くんです。薬屋さんに話をして来ました。⋯⋯良ければ一緒に行きますか?」  一瞬その誘いに乗ろうとも思ったが、自分は薬草の知識は皆無であることを思い出して、辞めた。 「⋯⋯いや、俺は魔物狩りに行こうと思う。薬草の類はお前に任せたほうが良さそうだしな。それに、ここらの魔物は高く売れるんだ。そうそう、狩ってきた物はお前の名義で売ってくれないか?」 「⋯⋯いいですけど、どうしてですか?」 「獣人手数料がかかるんだ。半額くらいの差がつく」  それに少しショックを受けたような顔を見せた後、彼は少し微笑んで呟いた。 「⋯⋯分かりました。気をつけてくださいね」  せかせかと歩いて行く後ろ姿にどこか昔の面影を感じさせた。
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