第十一話「街での生活」

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第十一話「街での生活」

  「ギルド⋯⋯ねぇ」  お金を稼ぐために依頼を受けたいが、そのためにはまずギルドに入らなくてはいけない。そして、そのギルドに入るにもそれなりにお金が必要。何をするにも、まずはお金が必要になってくることを思い出す。 「本当に、剣士する気あるのかな⋯⋯」  自身の剣のために大金を注ぎ込み冒険二日目にして財布が空になる。そんなことが起こっていいものなのだろうか。  一応荷物運びの仕事でお金を稼いではくれたし、今も魔物狩りに行ってくれている。でも、食費や宿泊費、薬費などに充てればすぐに無くなってしまうだろう。  剣が必要であることは理解できる。しかし、どうしてあのような高価そうな剣を買ってしまったのだろう。もしも、もう少し計画性のある買い物をしていればすぐにギルドに入会しお金を稼げたかもしれないというのに。 ⋯⋯まあ、僕もお父さんとお母さんが魔法学校受験のための残してくれたお金をバカ正直に全て受験に費やして、結局どこにも入れていないのだから同じようなものか。と、一人で苦笑する。我ながらもったいないことをしてしまったなぁと感じた。 「⋯⋯ヘルッシーオ」  意味がないとは分かっているものの何もしないでただ摘むというのは気分が悪い。  痛がる声に耳を傾けないようにしつつ薬草をどんどん摘んでいく。 ——こんな思いをするならいっそのこと植物の声なんて聞こえなければよかったのに。  そうは言っても生まれ持ったこの力はどうにもならないのでただ黙々と摘んでいく。野原に規則正しく並んでいるわけではない薬草を効能別になるように丁寧に摘み取る。森の中でよく薬草の判別はしていたのでそんなに大変でもない。  いつの間にかカゴの中は薬草でいっぱいになっていた。 「よーし、これだけあれば宿代にはなるかも」  どうして薬草を摘んでいるのかと言うと、お金を稼ぐために薬屋のおばあさんをなんとか説得し、薬草を買い取ってもらうことにしたのだ。  必死に頼んでいるうちに渋々と言った雰囲気で依頼をしてくれた。せっかくの厚意を無駄にしないためにも、僕なりに最善を尽くした。沢山の薬草を、いろいろな薬が作れるよう種類を多めに。分別してカゴの中に入れている。  ケルは今頃どこかで魔物を狩っている。この辺りに出没する魔物は高く売れるとか売れないとか。  というのも、獣人手数料として買取価格が安くなるらしい。ここまで差別が横行しているのを見るともはや清々しさまで覚える。  獣人達が必ず身につけるべきローブ。  奴隷として働かされ、許可なく話してはいけないこと。  入ることができる店も限られていて、何もしていないにも関わらず侮蔑の目を向けられ、時には暴行も行われること。  数々の差別や偏見を見ていく中で、何もできない自分がなんだかやるせなくなってくる。いつかは、仲良くなれる日が来たらいいなぁ。と淡い期待を胸に抱いていた。  あと、僕が足手まといであることは重々理解しているが、それでも彼の負担は減らしたい。お金稼ぎは僕もしっかりとしようと思っている。  ⋯⋯それにしても、草原の薬草を生きてるうちにで摘むなんて思いもしなかった。あの村の中で一生を終えるものなのだろうといつしか思い込んでいたのだ。十歳という年齢で旅に出て働くとも思わなかったが。  そろそろカゴから溢れてしまうくらいになったので、ここらでやめにしよう。 「さーてと、いくらかな」  分別した薬草が混ざらないようゆっくりとカゴを持って立ち上がる。宿代だけでもいい。出来るだけ良い値で売れることを願って街へ歩き出した。  軽い音がなるドアをノックし、開ける。  ここは街の入り口に近いお店の立ち並ぶ大通りにある薬屋さん。人気なようで、人が沢山入っている。 「⋯⋯本当にちゃんと薬草を持って来たんだろうね? もしも適当に取ってきたんだったら容赦しないからね!」  そう言うと、カゴを受け取り、机の上に中身を置く。 「キリマテスにピピリシウス⋯⋯。マオコネソウ、キリギシリグサ。⋯⋯全部薬草を持ってきてるじゃないか! おまけに分けてくれたんだね!? 頭痛薬に腹痛薬、傷薬⋯⋯。どれも効能別に分かれてるじゃないか!」 「はい、一応使いやすいかなと思って⋯⋯」 「どうしてそんなに薬草に詳しいんだい!? こんなにも沢山の種類を効能別にまとめるなんて街に住むほとんどの人はできないはずだよ」  いつの間にかお茶を出されていて、奥の椅子に座ることになっていた。甘いリンゴのような香り。これはカモミールティーだ。  まずは一口口に含むと、心がホッとする味がする。心地いい温度も相まってとても癒される。 「実は、僕はもともとフロールリ村という小さな村に住んでまして。そこで母親は薬草を調合して薬を作っていたんです。なので、その影響もあって僕も薬草には詳しいんですよ」 「フ、フロールリ村ってあの!? 当たり年の子かい!」  その言葉に言葉が詰まる。フロールリ村のことは言わない方が良かったかもしれない。 「⋯⋯僕は、違うんです。生まれた時から魔力が少なくて、魔法が使えないんです。いわゆる、『先天性魔力欠乏症』です。他の子は上級魔法も操れるのに」 「⋯⋯それはごめんね。でも、君の知識はきっと人のために役立つはずさ!」 「⋯⋯そうですね。僕も、役立てるように頑張ります!」 「いやー、それにしても本当に君に頼んで良かったよかった。ありがとう、君に頼んで助かったよ。ほら、これはお礼だよ。あとこのビスケットもお食べ! 小さいのに偉いねぇ」  美味しそうなビスケット。それを一つ手に取り食べると、バターと小麦粉の香ばしい香りが噛み砕くたびに広がる。サクサクとした歯応えは何枚でも食べられそうだ。 「⋯⋯わぁ、カモミールティーもビスケットも美味しいです! 秋も深まってきて、少しだけ寒いと思ってたので身体が温まって良かったです」 「ありがとう。実はこのカモミールは裏の畑で育てているんだ」  この香り高いカモミールは彼女によって育てられていたということだ。しっかりとした香りがあるもののしつこくない絶妙なバランスを保っている。 「へぇ⋯⋯! そうなんですね! 他にも育てていたりはしますか?」 「そうだねぇ。タイムにミント、ローズマリー。ラムズイヤーとメリッサ⋯⋯。あとは、セージなんかも育てているね。それとラベンダー」  沢山の種類が植わっているようだ。今度見せてもらいたい。  しばらくの会話の後、僕は店を出ることにした。話が合うのでとても楽しかった。  ニコニコと満足そうなおばあさんに会釈をしながら店を出る。どこか懐かしさを覚える年季のあるドアを閉め、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。 ——まさかこんなにお金をもらうとは。  手渡された紙幣と硬貨。しばらくはあの宿に泊まることができそうだ。  森には薬草なんてそこらに生えているもので売っても小銭がもらえる程度だったが、どうやらこの街では勝手が違うらしい。  というのも、あの看板で薬草採取を依頼すればそこらの効果のない草を毟り取って持ってくるとか。  荷物運びを依頼していた人が言っていたことはどうやら正しかったらしい。  また、おばあさん曰くギルド会員に薬草を見分けられる人は少ないようだ。僕の知識が人の役に立てたようで嬉しく思った。  お店の後ろを見てみると、奥にラベンダーらしきものが植えられているのが見えた。葉の色、大きさからして、スパイクラベンダーだろうか。  すると、ふと後ろから声をかけられる。 「お、薬草摘みの調子はどうだ?」  何かの大きな死体を背中に担いで話しかけるのはケルだ。綺麗な石畳の上に赤黒い血がヒタヒタと滴っている。これでは街の人が不気味がるのも分かる。 「結構なお値段で売れました。次はこれを僕名義で売ればいいんですね?」  死体を受け取ると、ズッシリとした重さがのしかかってくる。オークの死体だろうか? ケルは少し心配そうに手を離した。 「⋯⋯大丈夫か? じゃあ、よろしく頼む。俺は店の前で待っているからな」  木のドアをノックすると軽い音がする。この死体がいくらになるのか楽しみだ。 「すみません、買い取って欲しいものがあるのですが」  カウンターに向かって声を出すと、感じの良い青年が出てきた。お店は綺麗でできたばかりのようだった。 「おお、よく来たね。買取だね、分かったよ。布を敷くからちょっと待ってな」  彼は慣れた手つきでカウンターに大きな布を敷くと奥から図鑑のようなを持ち出してきた。  その布の上にゆっくりと死体を置く。身体が一気に軽くなった感覚がした。 「これ、いくらぐらいになりますかね? 出来るだけ高く買い取って貰えると嬉しいのですが⋯⋯」 「うーん、オークか⋯⋯。まあ、この大きさだと4000タリスってところか。それにしてもよく狩れたね。でも無理してはいけないよ。怪我しないように気をつけるんだ。⋯⋯まあ治癒魔法が使えるだろうそんな心配はいらないかもしれないけどな」  すると彼は僕にお金を渡し、オークの死体を軽々と担ぐと店の奥へと入っていった。治療魔法が使えたら、どんなに良かっただろうと少し心がピリピリと痛んだ。 「よし、これで大丈夫だ。これからもご贔屓に!」 「はい、ありがとうございました」  ドアを閉めると乾いたチャイムの音がカランと鳴る。いきなり魔法のことを言われて、少し嫌なことを思い出してしまった。 ⋯⋯顔に出ていなければいいけど。  お店を出た先にワクワクとしたようにケルが待っていた。尻尾は揺れ、今か今かと値段を気にしている様子だ。瞳は爛々と輝いていて、嬉々としているのが一眼でわかる。 「お、いくらで売れたんだ? ギルドに入るには一人1500タリスほど必要だったはずだが⋯⋯」 「それじゃあ、数えてみましょうか」  二人でもらったお金を数えてみる。  一枚、二枚、⋯⋯。増えてゆくたびに尻尾の揺れが大きくなっていくのでこっちまで心が落ち着かなくなってきた。 「⋯⋯4000タリス。と言うことは!」  目を合わせる。タイミングがピッタリ合って、お互い同時に吹き出してしまった。 「⋯⋯二人入会してもお釣りが返ってきますね! なんとかギルドで仕事は始められそうです!」  一時はこのまま野垂れ死ぬかと思ったものの、軌道に乗り始めたのではないだろうか。さっきまで感じていた未来に対する不安は、いつの間にか弱まっていて、今ではこれからの生活を楽しみに思っている。  丁度喜びを分かち合っている最中、お昼を告げる教会の鐘が街中に響いた。  もう一日は半分を終えたようだ。その音と朝よりも和らいだ寒さが僕たちの空腹を知らせてくれた。
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