第二十四話「ネスロ救出作戦」

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第二十四話「ネスロ救出作戦」

「念のために、準備はしてきたが正解だったな」  以前よりも明らかに警備員が建物の外に沢山配置されている。眠り薬を買っておかなければ侵入にも苦労しただろう。あの二人には感謝したい。  薬を吸わないよう気を付けつつ瓶を開け、警備員たちの近くに投げ込む。一人何かを察知したものの薬を吸い込んでからはもう遅い。効果は絶大で、みなぐっすりと眠り込んだ。 「すごいなこの薬の効き目は⋯⋯。こんなすぐに眠らせる事ができるとは」  横倒れになっている身体を見つめて感心しながら呟く。こんなすごい薬を作る人に薬草を売ったネスロを誇りに思った。  腕で鼻を抑えつつ、建物の中に入る。そこには薄暗い廊下があり、突き当たりに階段があるのが遠目から確認できた。石造りの無機質で冷徹な雰囲気が漂っている。  階段を降りてみると、先ほどとは別の場所にあるような盛大に飾られた大きなドアがあった。所々に黄金の装飾が施され、触るのも躊躇われる。少し開いていたので隙間から覗くと、大きなステージがあり、観客がまばらながらも入っている。  ステージに登り何かを話している小太りの男が少し焦りながらも司会をしていた。 「本日はただの人間ではなく、迫力満点の活きのいい魔法使い同士の殺し合いです。是非楽しんでいってくださいね」  司会者の声を聞いた観客が盛り上がる。気色悪い。こいつらは人間同士の殺し合いをみて楽しんでいるのだ。ドアを閉め、ネスロを探そうと忍び足で去ろうとした時、廊下に声が鳴り響く。ステージのある部屋は音が通らない作りになっているらしく、観客には聞こえていないようだ。 「逃げたぞっ! 魔法使いのガキだ! 薬を撒く、吸うな!」  パタパタと石畳を走る音が重なって響き渡る。どうやら誰か逃げ出したようだ。急いで向かおうと足を前に出した瞬間。 「このっ! 離せ!」  聞いた瞬間に、ネスロの声ということが分かった。しかもまだ生きている。それの声を聞いて廊下を一気に駆け抜ける。 「何をしているっ!」  そこには沢山の警備員に取り押さえられたネスロがいた。もう少し遅かったら危なかったことを知り背筋がゾッとする。 「⋯⋯ケルッ!」  俺の声に呆気に取られたらしい警備員の脛にネスロは蹴りをいれ、こちらに駆け寄ってくる。縄で縛られた両手を傷つけないように剣で切り、背に隠す。どんなに恐ろしかっただろう、後ろでブルブルと震えている。 「ケル、僕を助けてくれた人が⋯⋯! お願い、その人も助けてあげて⋯⋯!」 「ああ、出来る限りは対処する。とりあえず今は俺から離れるな」  剣を構えて応戦態勢に入る。相手はこちらよりも圧倒的に多い。それに奴らも小さなダガーナイフを持ち向かってきた。  ナイフと剣では明らかにリーチが違う。それなのにどうしてこいつらは向かってくるのだろうか。目を見るとどこか絶望したような表情をしている。だごそれに構っていられるほど器用ではなかった。  振りかざしてくるナイフを剣で弾く。金属の音が飛び交い、耳が痛い。  しかし悪人と言っても、出来る限り人は殺したくない。剣は攻撃を防ぐために使い、抵抗手段がなくなったところで首の根本を強く拳で打ち気絶させる。  怯んでいた奴もこちらが殺さないことを知ったのか容赦なく斬りかかってくる。しかし、一人また一人と廊下に倒れていった。 ——結論から言うと、思ったよりも奴らは戦い慣れしていなかった。おそらく雇われているだけで訓練は受けていなかったのだろう。  早いところ脱出してしまいたいが、他にも連れ去られた人がいる可能性を考えさらに奥へ向かう。ネスロは少し落ち着いたのか、震えは収まり俺の隣を歩き始めた。  ネスロに案内されながら時折やってくる敵を躱し入り組んだ廊下を進んでいくと血の匂いが強く感じるようになった。 「嘘でしょ⋯⋯、僕を庇ったせいで」  ネスロが廊下の奥で倒れている男に駆け寄る。その近くでは警備員も気絶しているようだ。血が床に多量に垂れているところからどうやら抵抗はせず、時間稼ぎのために殴られていたのだろう。 「ハァ、ネスロ⋯⋯。俺、お前と最後に会えて楽しかった。人生、全然無駄じゃなかった。人を、誰かを救えた⋯⋯」  血みどろのなか息を荒げて今にも死にそうな声を出す。匂いから犬の獣人だ。ネスロはそんな様子をみて心配そうに覗き込んでいる。ネスロを拐った上もともとこいつも他の警備員と同じように働いていたのだ。無視しようかとも思ったがネスロが必死に止めるので仕方なく治療することにする。今後この優しさが仇になり苦しんでしまいそうだ。 「⋯⋯おい、まだ諦めんじゃねえよ。とりあえずこれ飲んどけ」  鎮痛剤と止血剤を飲ませる。もしも準備していなかったらこいつの命も危なかった。だが薬を飲めば大丈夫だろう。証拠に止血剤の効果か出血は収まってきたようだ。 「ちょいと鍵を頂戴するぞ」  腰についていたキーホルダーを手に取り、部屋を次々と開けていく。その多くがドアを開けるたびに部屋の隅で怯えている。そして助けに来たことを伝えると嬉しそうに涙をこぼした。  かなりの時間をかけて全ての部屋を周る。正直もうクタクタだ。 「酷い⋯⋯こんなに沢山の人が」  ネスロがそう呟くのも無理はない。部屋に閉じ込められていた生存者、二十四人。傷だらけで、治療を受けなければ死にそうな者もいた。 「さて、次は呑気に待機しているお偉いさんさんをしばきにいくぞ」  公演の延期に対する苛立ちの声が聞こえる。その様子に俺は怒りを覚えた。どうやらこんなにも騒ぎがあったのに気付いていないようだ。どうにもならないバカ共で逆に助かった。  キーホルダーから一際大きな鍵を選び、出入り口に鍵をかける。 「これで封じ込めることができた⋯⋯。あとはこいつらを悪魔よりも怖い治安維持隊に突き出そう」  任務終了! と得意げにこちらにピースサインを作る。それを見たネスロは安心しきったのか少し笑顔を見せた。  松明を持った治安維持隊が廃墟の周りを取り囲む。中にいた警備員、観客、そして血塗れで倒れていた男も連れ出されていた。  手に縄をかけられ歩いていく。その中へネスロは駆けて行った。 「⋯⋯あの! この人は僕の脱出に協力してくれた人で、僕はこの人がいなかったら何もできなかったんです!」  治安維持隊の男が上からネスロを見下している。これは危ない。引き留めようと駆け寄るが、ネスロは俺の気も知らずにその男の歩む足を掴む。 「⋯⋯お願いです。せめてこの人だけは、許してください! 警備員の人だって本当にやりたくてこの仕事になったわけじゃないんです! 獣人だから仕事がなくて仕方なく入った人もいる。お金がなくて生きていけないから入った人もいる! 目を見れば分かります!」 「離せ。任務の邪魔だ」 「離しません。連れていくならこの組織の中心人物と観客だけにするべきです! 警備員の人は被害者でもあるんです!」 「黙れ! さもないとここで貴様を殺すぞ!」  そう怒鳴るとネスロを蹴り上げ剣を向ける。その様子にみな時が止まったように固まった。 「⋯⋯治安維持隊はいつもそうだ。普段は安全なところにいて戦争になっても出ないで、一般人を戦争に駆り出して! 研究者も、先生も、みーんな戦争で死ぬんだ! 治安維持治安維持ばかり言って関係のない人を殺して⋯⋯何が治安維持隊だ!」  そう叫んだ後、ネスロは号泣した。周りからの視線にあの治安維持隊もたじろいでいる。 「分かった分かった。しかし解放するのはこの男だけだ。あとは皆等しく裁判を受けてもらう」  嗚咽が森に響く。すぐにネスロの側に駆け寄り背中をさすった。 「大丈夫か? よしよしよし⋯⋯。危なかったんだぞ」 「⋯⋯でも、あの人達だってしたくてあの仕事をしているわけじゃないんだよ」 「ああ、そのことは皆分かってるさ。でも、沢山の人を殺めた事実は変わらない。それは絶対にしてはいけないことだ。それにお前の話を聞いて連れられてた奴ら、泣いてたぞ。共感してくれる人がいるってだけでもそいつらにとっては大きな幸せなんだぞ」  普段見せないネスロの感情の昂りにどうしたらいいのか分からず赤子をあやすように接してしまった。しかしそれで落ち着いたのか、嗚咽はだんだんと収まり、ついには眠ってしまった。  肩に寄り掛かった顔は、まだまだ小さな子供だ。どうして神様は一人ぼっちにさせてしまったのだろう。  自分自身群れでは孤立していたものの、すぐ側には気配を感じる事ができた。それに天賦の才か、剣術においては群れ一番だった。  しかし、ネスロの場合はどうだ。両親はおらずただ一人であの大きな家に住み、村でもずっと迫害されていた。  当たり年の村の子供だと勝手に囃し立てられては魔法が使えないと知ると勝手に幻滅される。それを何回も繰り返された心の傷はいつの間にか自分を守るために助けを得ようとしない態度を生み出したのだろう。本来の年齢ならば沢山褒められて育つ時期。それを欠いてしまったということに気づきショックを受けた。  薬のお金を払うために三日間眠っていなかった疲れも吹っ飛びいつもの洞窟へ足を運んだ。
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