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第二十五話「風邪」
「あー、すごい熱だこれは⋯⋯」
僕が連れ去られてから彼は三日ほど働き詰めで準備を進めていたらしく、加えてお金が足りなくて宿に泊まることはできなかった。その後生存者は皆治安維持隊に保護され、あの警備員たちと来場者は拘束されていった。一人を除いて。
なんとか隊の人を説得し、彼⋯⋯。タードの拘束を防いだ。しかし、本当のところそのことは覚えていない。ただ何かすごく悲しい気持ちが心を満たしていた気がする。
「寒い⋯⋯。なんか毛布とかあるか?」
体調を一気に崩したのだろう、とても辛そうだ。元はと言えば僕の不注意でケルにこんな目に合わせてしまったのだ。注意されたばかりだったに拐われてしまいこんな大変なことになってしまうなんて僕はダメダメだと思う。
「ないね⋯⋯。とりあえず僕のローブだけでもかけておきます」
寒さはかなり堪えるものの三日食わずで働いていた彼に比べればとても楽なものである。それでも辛そうにしているので身体をさするが収まることがない。
「何か食べたいものありますか? 買ってきますけど⋯⋯」
すると耳がピンと立ち、急に元気になったように見えた。しかしそれも長くは続かず再びローブを被り辛そうに話す。
「肉が食いてぇな⋯⋯。」
「却下で。」
⋯⋯そうだ、消化にいいものにしよう。こんな時に肉なんて食べてしまったら死んでしまうかもしれない。そう心に決めて洞窟を出た。しかし、火が使えないので調理をしなくてもいいパンがメインになるだろう。結局消化にもよくないものでがっかりした。
——薬の合計、40000タリス。彼の立場に加えそんな大金を一人で稼ぐなんて、どれだけ働いたんだろう。
お金は全て僕が管理していたので彼の所持金は0タリスだった筈だ。もしも自分が同じ立場だったら成し遂げることはできなかっただろう。
「⋯⋯僕を助けるなんてほんと、アホだよなぁ」
彼に何度助けられただろう。対して僕は何かできただろうか? 否、何もできていない。正確に言うと、何かをしようにもそのための力がない。ため息が不意に溢れた。
こんがりとした香りがお店の中を満たす。今日も焼き上がったばかりのパンが茶色の美味しそうな顔を見せて並んでいる。シンプルなバゲット、クリームの入ったものなど沢山ある。
「⋯⋯肉、これでいいかな」
ベーコンパン。大きく分厚い三枚のベーコンがパンに挟まりとても美味しそうで食べ応えもありそうだ。
「これを二つください」
ベーコンパンを指差して注文すると、店員さんは笑顔で手早く準備を進めてくれた。
「合計で780タリスです」
ベーコンの入ったパンをカゴに入れてもらう。焼きたてのようで、ホカホカと湯気が上がり、焼き目も狐色で食欲をそそる。
「ありがとうございます」
カゴを掲げ、パン屋のドアを閉める。その後体を冷やさないように毛布と。⋯⋯干し肉も念のために買っておいた。風邪が治ったらケルに食べてもらおう。
「ただいま。とりあえずパンを2つ買ってきました」
「寒かっただろうに悪いな。ローブ羽織るか?」
一番寒いだろうにローブを返そうとするので手で制止し、カゴからパンを手渡す。しかし、完全にパンは熱を失っていた。湯気一つでていない。
「あ⋯⋯冷めてる」
「お、ベーコンが美味しそうだな」
食欲はあるのかバクバクと食べるのを横目にした後、手に持っている自分のパンに魔法をかけてみる。
⋯⋯しかし、何も起こらなかった。
「こういう時に、火の魔法が使えたら温められるのにな」
お店で手にした時の暖かいパンを彼にも楽しんで欲しかった。思わず気持ちが沈む。
「そんなこと言うなって、ほら、美味しそうだぞ」
「⋯⋯今はお腹空いてないのでお昼に食べます。それでは、安静にしていてください」
彼に毛布をかけ、外に出る。その瞬間乾いた冷たい風が吹き抜けた。宿に泊まって暖かいところで寝てもらわないと回復は見込めないだろう。
掲示板を見ると、僕ができそうなものが三つほど張り出されていた。これは幸運だ。普段は一つあればいい方なのに三つもあるなんて。これはなにかの縁に違いない思い三枚とも剥ぎ取った。
紙に貼られていた地図を頼りに歩いてみると、そこは大きな畑のある家だった。小さいながらもオシャレで洗練された家はデヴァリニッジの素晴らしい風景に貢献していた。
木のドアをノックすると軽めの音が軽やかに鳴った。
「すみません、依頼掲示板を見て来たのですが」
しばらく待ってみても、返事がない。留守かと思い帰ろうとした時。
「⋯⋯あの、何か伝えることがあれば僕にどうぞ。とのことです」
後ろを振り返ると僕と同じくらいの身長の人が佇んでいた。深くローブをかぶっており、獣人であることが理解できた。
「あ、ありがとう。でも依頼の話だから後でまた来ようかな。ご主人に僕が来たことお伝えしてくれる?」
そう言って立ち去ろうとすると、裾をギュッと掴まれる。それに思わず立ち止まってしまった。
「実は、僕さっきまで嘘をついていて⋯⋯。ごめんなさい、この家の人のことは知らないんです」
意味が分からなくてしばらく呆然としていると、唐突に彼は目を擦り泣き出してしまった。
「え! どうしたのどうしたの、大丈夫だよ」
大きな声で泣き叫ぶのでこちらが誘拐犯か何かに間違われてしまいそうだ。しばらくして落ち着いた後に話を聞いてみると、どうやら親とはぐれてしまったらしい。
「⋯⋯よし、僕と一緒に探そっか!」
手を取り、歩き出す。仕事の相手には謝ればいいや。
手を繋いで街の裏路地を歩く。人通りが少ないのでこの子も傷つかないと思ったのだ。
「⋯⋯ところで、お父さんってどんな人なの?」
「お父さんはね、とてもすごいんだよ! 誰にも優しいんだ」
本当はお父さんの見た目のことを聞きたかったのだが人格のことだと思ってしまったらしい。
「そうなんだね〜。少しフードを取ってもいいかな?」
「⋯⋯本当はあんまり見せたくないんだけど、お兄ちゃんにならいいよ!」
すると、ゆっくりとフードに手をかけて顔を出す。垂れた耳に茶色い模様。まん丸で黒い瞳をしていた。ケルとは違った可愛らしい様子だ。
「ありがとう! 特徴は覚えたからもうかぶってもいいよ」
「うん、分かった!」
いそいそとフードをかぶるも垂れ耳のためか被りにくいようだった。なかなかに苦戦している。
「⋯⋯ちょっといい?」
そう言うと小さく頷いたのでフードに手をかける。
「えっと、耳がここにくるようにして⋯⋯」
数回の失敗の後、ようやくフードをかぶせることができた。
「これで大丈夫?」
やはりフードをかぶっていた方が落ち着くのか活発に動き回る。
「大丈夫! ありがとう!」
このままフラッとどこかへ行ってしまいそうなので手を繋いで再び探し始めた。
「⋯⋯申し訳ございません! どうか、その子だけはお許しください!」
「返して欲しいならまずは金だろ?」
「⋯⋯もうしばらく、もうしばらくお待ち下さい!」
路地裏を歩いていると、こう言った輩も多い。小さい子に見せるのは教育上悪そうなので迂回しようとするが、立ち止まって動かない。
「⋯⋯どうしたの?」
「⋯⋯あの声、お父さんだ」
その声に驚きよく目を凝らして見ると地面に伏せているため見づらいがこの子に似た模様がちらりと見える。
「⋯⋯分かった。少しここで隠れててくれる?」
三人の獣人のもとへ気付かれないよう歩いていく。
「あの、何してるんですか?」
精油しか入っていない鞄に手を入れ、何か武器を持っているように見せる。
「そりゃ見れば分か⋯⋯。に、人間!?」
「クソッ、逃げるぞ!」
⋯⋯蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「あ、ありがとうございます。人間様」
「⋯⋯そんな呼び方しないでください。それより、この子のお父さんですか?」
後ろに手を振ると、縮こまっていた彼が物陰からヒョイっと出てくる。
「⋯⋯お父さん!」
「⋯⋯チャル! よかった⋯⋯。本当に良かった⋯⋯。魔法使いさん、ありがとうございます! ありがとうございます!」
「それじゃ、僕はここで。お父さんも、気をつけてくださいね。ここは獣人にとって住みにくいかもしれませんが、いつか過ごしやすくなることを祈ってます。⋯⋯僕にはそれだけしかできませんが」
「そう思ってくれる人がいるだけでも心が軽くなります。我が子を保護してくださりありがとうございました」
会釈で返すと、ふと小さな彼と目が合う。
「また、また会おうね!」
「⋯⋯うん!」
手を振り返し、走ってその場を後にする。仕事場に急がなければ。
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