第二話「無能の烙印」

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第二話「無能の烙印」

「筆記試験⋯⋯面接⋯⋯魔力⋯⋯。公正な審査、および試験を終えた上あなたは不合格であることをお知らせします」  またダメだったらしい。筆記試験の欄には丸印。面接の欄も丸印。ただし魔力の欄にはなんの印も描かれていなかった。  似たような紙が届くのはこれで何回目だろうか。ため息が思わずこぼれる。  父はこの四年前に起きた戦争に巻き込まれて帰らぬ人に。母は僕を養うために体に鞭打ってまで働いて体を壊し、ちょうど昨日一周忌を迎えた。  ほんのり黄色に染まった森の木々が、どこか寂しげに揺れている。それが余計に僕の心に暗闇を作り出していた。 「お父さん⋯⋯、お母さん⋯⋯。今回もダメだった⋯⋯」  魔力が人よりも少ないことが判明したのは5歳の時の村一斉の魔力検査。  周りの人よりも魔法の出来が悪いのは少し前から薄々感じていた。火の魔法も、水の魔法も、周りのみんなが使えるものも僕は一切使うことはできなかった。   ⋯⋯それでも、両親はこんな僕を蔑ろにすることなく一生懸命育ててくれた。だからこそ僕も勉学にも励み、練習を重ねてこれた。 ——いつか、魔法の才能が花開く。  そう信じて両親が貯金をしてくれていたお金も使い果したものの、受験した魔法学校試験は全て合格する事はなかった。  ⋯⋯これが最後のチャンスだった。全てをこの試験にかけて、魔法の練習をしてきたのに。  筆記試験も、面接も、何度も繰り返して最善を尽くしたはずなのに。 「おい、ネスロ。暇人なんだから薪運びでもしてろよ。才能がないんだから何やっても無駄だっての!」  ドアの向こうからうるさい声が聞こえる。  そう。両親が死去してから嫌な噂ばかり流れたのだ。 「あの子、本当に二人の子なの?」 とか、 「正直、あの二人苦手だったのよね。八方美人で、気取ってるようで」  と言った、相手がもう口を開くことがないのをいいことに根も葉もない噂が流れることもあった。  そんなくだらない噂が朝から耳に入るのはいつものことだ。今更なんとも思わない。⋯⋯本当は悔しくて仕方がないけど。仕事も人並み、魔法も使えない僕に発言権はない。    外野の声がずっと頭に響く。ポストの中には不合格通知のほかに新聞が入っていた。号外記事のようで、ゆっくりと開くと大きな文字が目に飛び込んできた。 「今年も当たり年!? フロールリ村の秘密に迫る!」  ここ数年、皮肉にもこの村は僕とは真逆な魔法使いを名門魔法学校に数多く輩出しているらしい。  普通同じところから何人も名門魔法学校に合格する人が出るのは少ないのだが、ごく稀にこのような現象が起きるらしい。  人々はそれを「当たり年」と言う。それなら、僕は「ハズレの子」なのだろうか。  ハァと一つ大きくため息をつく。今日もいつもと変わらず、まずは薪運びでもしよう。  不愉快な新聞を丸めてゴミ箱に入れ、伸びをすると身体中に酸素が巡る。窓を覗くと木の葉は黄色く染まり始めていた。もう少しで真っ赤に染まるのだろう。  僕の仕事である荷物運びがしにくい冬が日に日に近づいてくるのも僕の機嫌を悪くさせる。 「⋯⋯泉にも最近行ってないなぁ」  自分が生きていくためにもとにかく仕事をする必要があるので泉を訪れる時間は激減していた。休みの日も魔法の練習をした後寝て過ごす日もあり、それが怠惰だと咎められる。  苛立ちを抑えつつ、ドアを開けた。  冷たい空気が家の中に入り込み、思わず外に出ることを躊躇してしまう。しかし、そんなことをしていても何にもならないので覚悟を決めて、外へ一歩踏み出した。 「あ、魔法学校の試験はどうだったんだ?」  手から炎を上げているのはこの村で魔法の扱いが最もうまい子供であるマレストだ。喜んでいないのだから落ちていることを察してほしい。 「ま、どうせ落ちたんだろ? お前はこの村で一生暮らしてるのがお似合いだって」  馬鹿にしたような笑いを含みながら見つめてくる。最近は学校の成績も伸び始めて来て、今年魔法学校に入学するそうだ。  僕はその間何一つ成長していなかった。薪を運ぶ手が悴んで痛くなる。寒いのは、嫌いだ。  木の葉がハラリと落ち始める頃、フロールリ村の噂を聞きつけた名門魔法学校の学校長やパーティを率いる剣士たちが今年も推薦に訪れるらしい。  村の五歳以上の魔法使いで、学校での成績が優秀な子供たちは全員広場に集まることになった。無論、ほぼ関係ないであろう僕も成績だけは良いので含まれることになる。 「よっ! 今回は選ばれるといいな! 頑張り屋さんのネスロ君!」  彼に「プルウィア・カムミー」と魔法をかけられて頭上に雲がもくもくと出てくる。その途端小さな雨雲から雨がシトシトと降り始めてきた。 ——ああ、帽子もローブもびしょびしょだ。  そんな僕をギャハハハと馬鹿にするあいつはこの村のリーダー格、マレスト。  魔法学校はもちろん。パーティになんて呼ばれるわけがない。だって魔法が使えない魔法使いなんて、存在価値が皆無なのだから。  そんな僕とは対照的に彼は風の噂によると四歳の頃からすでに物を空に飛ばして遊んでいたらしい。  その頃の僕は多分効きもしない魔法を草花にかけて薬草を摘んでいたのだろう。才能の差というものは恐ろしい。  加えて十歳になった彼はすでに一瞬で空を駆ける稲妻も、大きく、激しく燃え盛る業火も、大地を一気に削る激流も楽々と操れるのだそう。いや、この村の同年代の子供はそれぐらいできて当たり前らしい。十歳にもなって魔法が一つも使えない僕は本当に規格外の無能というわけだ。  最年少である五歳の子供たちでさえ手から花を咲かせたり、小物を宙に浮かせて遊んでいると言うのに⋯⋯。胸が締め付けられるように感じて一人で唇をかみしめた。  僕はただ効きもしない魔法の呪文だけ覚えて、使えもしない魔法薬のレシピを覚えて⋯⋯。  才能がなければ無意味な行動ばかりをしていたことに心の中で自虐する。 「おー、よく来たねぇ。ネスロ君。魔法学校への道はないと思っていいが、剣士様もくるらしいから冒険の荷物持ち役には選ばれるかもしれないぞ」  フォッフォッフォッと軽快に笑う老人はこの村の村長だ。  フロールリ村で魔法が使えない上体力もないので荷物運びもままならない僕を皆はお荷物に思っている。いや、そんなことは自分が一番知っているけど。 ——先天性魔力欠乏。それは、魔法使いにとって人生を180度変えるものだ。  僕にとって魔法なんて、忌々しいだけの存在。率直に言うと、嫌いだ。魔法が存在しなければ、魔法使いになんて生まれなければ、こんな思いをすることもなかったんだ。  俯いている僕をよそに、村長は挨拶を始めた。顔を上げることはできなかった。 「ようこそ、フロールリ村へ。今年も優秀な子供たちがたくさん魔法学校への入学やパーティへの編入を希望していますよ!」  村長の言葉は彼らの耳に入らないようで次々と名門魔法学校の校長やら、名を馳せている剣士らが集まってくる。  彼らに次々にスカウトされていく人たちをただ一人指を加えて見ているだけしかできなかった。まさに例年通りである。  期待はしないように思っている。でも、周りの人達がどんどんと新しい生活へ飛び立つのを見ていればどうしても期待してしまう。 ⋯⋯それが、余計に苦しい。 「フロールリ村はここか? 一緒に冒険する魔法使いを探しているのだが⋯⋯」  少し暗めの調子の声が聞こえてきた。冒険すると言うことは、パーティ勧誘か。 「おやおや剣士様! この自然豊かな村で培った魔法はきっと冒険を有利に⋯⋯。ゲッ⋯⋯」  一人の剣士の姿を見て広場にざわめきが起こる。  それは、獣の姿をした剣士だった。ローブを深くかぶっているものの、一目で分かる異端な風貌。具体的に言うと狼の頭と言うアンバランスな体。大きな大剣はギラリと怪しく光っていて謎の圧を感じる。これでは忌み嫌う対象になるのも仕方がない。  彼に聞こえないように静かな声で、メリーが僕に嫌な笑みを浮かべながら語りかける。 「誰が獣と一緒に冒険に行くのかしら! 私は魔法学校に行くから関係ないけど。ま、ネスロ。どうせ暇だろうし連れて行って貰えば?」  そう言ってニヤニヤとこちらに不快な視線を浴びせてくる。声の主は嫌味なことばかり言ってくるメリーだ。  言わずもがな、無視をする。いや、何もできないと言ったほうが正しいのかもしれない。何一つ間違ったことは言っていないのだ。 ⋯⋯それは、違うよ。  喉から飛び出しかけた言葉はいく宛を失って再び僕の身体に逆流した。僕は弱いから、自分の考えを言葉にすることもできない。  ふいに、肩を叩かれる。そこに立っていたのはちょうど話の種になっていた剣士だった。まさか⋯⋯。そう思った時にはもう彼は口を開いていた。 「お前、俺についてこい。⋯⋯獣人は嫌いか?」 「えっ⋯⋯。別に、嫌いじゃない、ですけど」  面と向かって嫌いだなんて言えるわけがない。そこまでの図太い神経を僕は持ち合わせていなかった。 「なら今すぐ準備するぞ。今日出発だ」 「今日ですか!? ⋯⋯は、はい。分かりました⋯⋯」  成り行きのような形で冒険に出発することになってしまった。本当は人間のパーティが良かったけれど、指名されたのは少し嬉しい。 ⋯⋯けれど、その喜びは一瞬で砕けた。  なぜなら、広場を去るときに後ろ指をさされたような気がしたからだ。 「役立たずがようやく役に立った」と。  まさかスカウトが来るとは思ってもいなかったので準備も何もしていない。しばらく待たせる形になってしまう。  ドアの前でイラついているのか貧乏ゆすりをしているのが怖い。こう言った気が短いところも獣人が人々から恐れられている理由なのだろう。 「⋯⋯ったく。差別がひどい連中だ。なぁ? まともなのはお前だけだよ。まったく」  獣人差別のことだろうか。悪いが僕も奴らと変わらない。口に出していないから分からないのだろうが、心の中ではずっと嫌悪感が渦巻いている。  これが、彼に対する嫌悪なのか。はたまた自分に対する嫌悪なのか分からないけど。とにかく、気持ちの悪い感情が渦巻いたままこびりついている。   「コソコソ話してても耳がいいから聞こえるっつーの! あーまったく嫌な奴らだ!  ⋯⋯あ、準備はできたか?」  杖、ホウキ、魔導書、小瓶⋯⋯。そして手提げカゴ。  その他もろもろ入りそうな必要な小物はカバンに詰め込んだ。 「⋯⋯はい。一応準備はしました」  しばらく僕はこの家を開けることになるのだろう。この村を離れると考えれば嬉しいが、家族と住んでいたこの家を離れるのは名残惜しい。あの輝かしかった日々を家ごと失ってしまいそうで。 「とりあえず、今は夜だから洞窟で野宿だ。飯はもう食ったのか?」 「⋯⋯夜が開けるまで僕の家に泊まればいいんじゃないですか? もう住んでるのは僕一人だけですし」  一人で住むには広すぎる家。暖かな空気で満ちていたこの家もいつしか孤独で暗い雰囲気に移り変わってしまった。  壁にはツタが生え、庭には花ひとつ咲いていない。見るからに廃墟だ。秋も深いし、外は寒いだろう。どうせ誰もいない家なのだから、今日くらい家で夜を過ごせばいい。 「いや、早いところここを離れたいからな。⋯⋯悪いが初日から野宿をするぞ。」  おそらく、彼なりに村人に気を使っているのだろう。自身が忌み嫌われている種族であることは十分分かっているようだ。 ——そんなことを思った後、ふと心にモヤがかかったような感覚がした。いつからだっけ、獣人に嫌悪感を覚えるようになったのは。  家に鍵を閉める。ドアの前でしばらく思い出に浸っていると、手を掴まれて強引に引かれる。遠のいていく家が名残惜しいが、彼は僕のことを気にもとめず歩みを進めていった。
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