第二十九話「心の修繕と初雪」

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第二十九話「心の修繕と初雪」

「それでは、和解作戦を実行します!」  話がなかなか進まないのでこのような形で何回か盛り上げようとしているが、一向に話が膨らまない。互いに机を間に挟み向かい合っているが、俯いてしまって進展は全く無かった。 「うーん、最初に何を話したらいいんだろうか」 「ですねぇ⋯⋯」  ここで、とある考えが僕の頭の中に浮かんだ。 「自己紹介⋯⋯なんてどうですか?」  僕がそう呟いた途端、三人がプッと吹き出した。 「い、今更かい⋯⋯。まあ改めてしてみようか。私の名前はルブク・セルシス。宿屋の主人をしているよ。宿は妻のメリア・セルシスと経営しているんだ」 「私はリリア・セルシスです。猫の獣人で、宿屋で働いています。まだ見習いですが頑張っています」 「じゃあ握手をしましょう。はい、どうぞ」  そういうと二人とも困惑したようにこちらを見つめる。 「握手!? 娘なんだけどな⋯⋯」  そう言いつつも、二人は握手を交わしている。なんだろう、自分が話し合いをするべきと言ったのに全くフォローできていない気がする。  しばらくの沈黙の後、主人が最初に口を開いた。 「⋯⋯私は君にずっとひどい扱いをしていたね。きっと私のことを恨んでいるだろう。本当にすまなかった」  ため息まじりにそう呟く。すかさずリリアさんが話しはじめた。なんだかうまくことが運んでいる。 「いえ、私は知っていました。だって、仕事に失敗した時でもあなたは私のことを殴ったりしなかった。それに、私のことを娘だと言ってくれた⋯⋯。もちろん、少し怖いと思っています。でも⋯⋯。私はあなたが本当は優しいことを知っていますから。獣人である私を養子として暖かく迎えてくれて、過ごした日々は今でも覚えています」  僕がそれを黙って聞いていると、嗚咽が聞こえた。ふと主人の方を見ると彼の目からは大きな滴が静かに流れていた。すまなかった。と小さな声で呟きながらリリアさんを抱きしめている。それに釣られてリリアさんも涙を流し出した。 「もっと早くこうするべきだったんだ。それをずっと君のせいにし続けて。私は親失格だ」 「⋯⋯いえ、大丈夫です。確かに少し怖かったけれど、いつか戻ってくれると信じてました」  部屋はもう再開を喜ぶ家族がいるような雰囲気で、僕が入る隙はなさそうだった。 「⋯⋯僕はいない方がいいかな? それでは、メリアさん。あとはお願いします」 「分かったよ。本当にありがとうね」  涙を流してはいなかったものの、彼女の声はたしかに震えていた。  自分の部屋に戻ると、先程の声が聞こえていたのだろうか、ケルがベッドの上であくびをしていた。 「どう、ですか? ⋯⋯体調は良くなりましたか?」 「ああ、お陰で万全だ。おまけにゆっくり眠ることもできたしな」 「あ、そうだ。今日はなにが食べたいですか?」 「んー、肉だな。久々に肉が食べたい」  昨日食べたベーコンパンのベーコンも肉だろうと心の中で指摘しつつ、袋を手渡す。 「これ、全部使って美味しい肉食べましょう!」  それを聞いて即座に宿屋を飛び出す。いつもよりもずっと冷たい空気を肺に含ませて駆けていく。今は周りの人の目も気にならなかった。 「それじゃ、いくつ欲しいですか?」  ケルはしばらく悩んだ後、三つと答えた。本当は四つ頼めるほどのお金はあると思うが、節約というものを学んだのだろう。  店に入ると、こんがりとした肉の香りが満ちていた。 「すみません、オーク肉3つください!」 「はいよ! 坊ちゃん小さいのによく食うねぇ」  なんだか僕がたくさん食べるように見られていそうで恥ずかしい。肉を受け取るとそそくさと店を後にした。 「はい、どうぞ」 「お、大丈夫か?」  持ち歩くのだけでも少し厳しい三つの肉をなんとか彼に手渡す。そして人の邪魔にもならない広場へと向かった。  外で黙々と食べる様子をみて余程お腹が空いていたんだなぁと思った。それでも三つも食べ切ることができるのか不安である。 「そうだ、お前もなにか買ってきたらどうだ? お金はまだ余っているだろう?」  袋には肉一つ分のお金が入っている。そこで、いつの日か見た思い出の味を思い出した。 「それじゃ、マスカレートパイにしようかな? 前に喫茶店で見かけたあれを食べてみたいなぁと」  ふと、鼻先に冷たい何かが当たる。それはじんわりと液体となり、跡形もなく消えてしまう。 「これって⋯⋯」  ふわふわと白い羽のようなものが空から舞い降りてくる。 「初雪、だな」  雪は嫌いだ。ただでさえ運ぶのに苦労する荷物がさらに運びにくくなるのだから。  ⋯⋯でも、初雪も綺麗なものだなぁと久しぶりに感じた。  喫茶店の窓から、ハラハラと雪が絶え間なく降っているのが見える。もう冬になるのだということをしみじみと感じた。  温かなマスカレートパイが二つ。それを口に含むと懐かしい優しい甘みと酸味が広がった。ジューシーなマスカレートソース。フワフワと感じる独特の味が昔を思い出させる。  彼と会って一緒に過ごしはじめてから、僕は沢山変わった。  沢山泣いて、沢山悲しんで、沢山怖い思いもした。それでも、喜ぶことも多くて毎日充実しているのは確かだ。  雪はなおのこと振り続けている。これでは明日は一面白く染まっていそうだ。  それもまた、綺麗なものに見えるのは何故だろうか。久しぶりに感じるこの感覚がこれから訪れるであろう冬を楽しみにさせた。 「そうだ、初雪も降ったし明日は冬の支度でもするか。マフラーとか手袋は欲しいだろ?」 「そうですね、それなら暖かい昼過ぎに出かけましょうか。待ち合わせは宿で!」  少しだけ、明日が楽しみになった。
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