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第三十話「冬支度」
いつもよりもずっと寒い朝を迎えた。ツンと刺すような空気が頭をシャキッとさせる。窓のカーテンを開けると、やはり一面真っ白に染まっていた。
せっかくなら、いいものを買いたい。ここは少し早起きして依頼をこなすことにした。
「おはようございます、ケルさん。それじゃ、僕は少し早めに仕事をこなしてきますね」
隣でぐっすりと眠っている彼に毛布をかけ直し、服を着替える。冷たくなった布が肌に触れると目が冴える。
「ネスロさん! 今日も朝早くからお疲れ様です。昨日は雪が積もったんですね〜」
部屋を出ると廊下の掃除をしていたリリアさんにバッタリと出会う。
「リリアさんこそ早くから掃除してくれてありがとうございます。一気に風景が変わりましたね⋯⋯。あっ、それじゃあ行ってきます!」
「冬は日もすぐ落ちますし気をつけてくださいね。いってらっしゃい!」
宿の外に出ると、風が服の間を通り抜けた。思わず身震いして、外に出るのを躊躇わせる。
「うわ⋯⋯。寒い」
表面に積もった雪の上を歩く。掲示板まで向かうと、いつもと変わらず紙が貼られてある。
「えっとなになに⋯⋯? 雪かき、かぁ。って、この場所って!」
早速その紙を剥ぎ取る。この雪で困っている人もいるだろうなぁと改めて感じた。
ドアをノックして、依頼者の元を訪ねる。雪が積もっていてドアの下に向かうのも大変だった。
「すみません、依頼を受けて来たのですが依頼者さんはいらっしゃいますか?」
そう言うとドアが開かれ、見覚えのある顔に会う。
「⋯⋯あら、ネスロさんじゃないですか!」
そう。この依頼を出したは薬屋のおばあさんだったのだ。
「おはようございます! それでは早速雪かきしますね」
用意されていた道具を持ち、張り切って外に出る。ここはフロールリ村よりも雪はあまり降らないようで、この程度の雪ならどんどん片付けていく。
——冬という過酷な季節を迎えたわけだが、森の植物たちは大丈夫なのだろうか。
しかし、この街からあの森まではかなりの距離がある。丸一日歩いても雪があるため着くのかどうかも分からない。
一番最初の友達で、唯一の友達。ずっと見ていないその姿を懐かしく思った。
午前には降っていた雪も昼に近づくにつれて収まっていた。それでも街は雪景色に色を変えている。
「はい、お疲れ様。すごく綺麗にしてくれてありがとう。そうだ、新作の魔法薬を作ってみたんだけど使ってみるかい?」
「本当ですか! 使ってみたいです」
報酬と共に差し出されたビンの中には透明なサラサラとした液体が入っている。レシピの書いてあるメモももらった。
「この薬を一振りすれば、声が甲高くおかしくなるっていう代物さ。⋯⋯まあ、ただのジョークグッズなんだけどね。本当はもっと別なものを作りたかったのだけど失敗したみたいだ」
それを聞いて、すぐに思いついたのはケルへの悪戯だった。
「なるほど、ケルに試してみます!」
そういえばあの冒険を始めた夜にからかわれたままだった。普段から僕をどこか子供扱いしているように感じるのでここは一泡吹かせて見せたい。
流行る気持ちを抑え、顔に出ないように広場へ向かった。
宿に帰ると、タードがいきなり抱きついてくる。
「えっ! ちょ、ちょっと何してんですか!?」
「ケルが帰ってくるまでこの宿にいてもらう。そこの椅子に座っているといい」
そう言うとパッと手を離し椅子に座らされた。唐突のことで何がなんだか分からない。
暖炉の薪が燃える音がパチパチと響いている。
「⋯⋯で、僕がどこか逃げたと思ったと」
全員が呆れた顔でケルを見つめている。本当にどうしてそのような思考に走ったのか全く理解ができない。
「まあ、そんなこととは思ってたけどな」
タードがコーヒーを一口飲み沈黙の風船を割る。
「じゃあ、ただの勘違いだったと?」
「⋯⋯とにかく! 僕はせっかく買うならいいものを買おうと思って依頼を受けに行ってたんです!」
話を聞いたところ、僕が魔法を使えるようになったため頼る必要がないと判断し一人でどこかに行ってしまったと勘違いしていたらしい。僕も黙って行ったのは悪かったものの、火種を起こすのがやっとなのに一人で冒険に行くはずがない。
「なんだ、それならそうと伝えてくれれば良かったのによ」
ケルが奥さんの方をジッと見つめると、手で仰ぎながら反論する。
「何言ってんのさ! あんた真っ青な顔して素っ飛んでったじゃないの! ずっとそわそわして私たちの話も聞かないで本当おかしいこと!」
ドッと宿中が笑いに満ちる。恥ずかしそうにしているのが少しかわいそうに思えたので手を引いた。
「⋯⋯まあ、それよりも冬の支度! 行きましょう!」
まだ時間はある。もうすぐ訪れる冬に備えて支度をしよう。
宿から出て、しばらく歩いているとふと彼は足を止めた。
「⋯⋯もし、俺がお前にとって足枷になるような時が来たら。その時は、言ってくれ」
ものすごく深刻な顔で話すので、思わず吹き出してしまう。
「そんな時来る訳がないですから心配しなくても大丈夫ですよ。だって——」
ハラリと一つ、雪が舞い降りた。
「⋯⋯急ぎましょう! また雪が降り出しました」
赤色のセーター、灰色のマフラー、茶色の手袋。いろんなところでもう冬を感じられる。どれにしようか目移りしてしまう。
「⋯⋯これとか似合うんじゃないか?」
その声の方を向くと、ショーケースから緑色の手袋が置いてある。
「いいですね! それじゃあどっちか無くしても大丈夫な用に二組買いましょう!」
彼の制止も聞かずに店に入る。濃い緑の手袋。きっとつけてみたら暖かいだろう。
目当ての緑の手袋を手に持ち、いかにも職人のような佇まいで座っている店員さんに声をかけてみる。
「この色の手袋で彼にも使いやすい手袋ってありますか?」
ガラス越しにケルを見つめている。すると少しはにかみながらこちらに声をかけた。
「⋯⋯珍しい手袋ですが、ちょうど在庫が一つ」
「それもお願いします!」
店の奥へ向かう店員さんを楽しみに待ちつつ外を見てみる。ガラス越しに恨めしそうにこちらを睨むように見るケルを横目にクスリと笑った。
青い瞳が動揺しているのか揺れていて、イラついた様子で足踏みをしている。けれども少しも怖くなくて、なんなら笑ってしまいそうだ。だって。
⋯⋯尻尾が物凄い勢いでずっと揺れてるから。
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