第三十四話「輝星の儀式」

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第三十四話「輝星の儀式」

 瘴気は三日間沸き続け、四日目にようやく人が出ることができるレベルにまで落ち着いた。この瘴気で亡くなった方はおらず、街の人は皆一様にホッとしている。  ⋯⋯しかし、瘴気がもたらすのは一過性の問題だけではない。 「ああ、やっぱり⋯⋯」  畑の惨状を見て項垂れているリリアさん。瘴気による影響で畑の植物がほとんどダメになってしまった。古代では瘴気による飢餓で小さな国が滅んだという記録も残っている。これからの生活をも脅かすのが瘴気なのだ。 「ああ、もうすぐ収穫だった根菜もダメになってしまったのか。⋯⋯それは残念だな」  ため息をつき、ケルが植物に触れる。すると、葉がボロボロと崩れていった。  瘴気というものは生けるものから生命力を奪い取り殺してしまう恐ろしいものだ。人間でも体内に取り込みすぎると⋯⋯死ぬ。  黒ずんだ葉っぱはまさに瘴気を浴びた植物の症状だ。野菜や花は特に被害を受けやすい。もう諦めようかと思った時だった。 ⋯⋯絶え絶えながらも、か細い声が聞こえる。 「⋯⋯まって。まだ、生きてる」  ジッと耳を澄ますと小さいながらも植物の声が聞こえてくる。枯れているように思えたが、なんとかあの瘴気の中を三日間生きながらえたらしい。  しかし、かなり危険な状況だ。上手くいくかもわからないが、やるしかない。 「完全に死んでいないのなら、まだ! ⋯⋯そうだ、輝星の儀式で」  カバンの中から魔導書を取り出して開く。そこには古代とある地域で行われていた輝星の力を借りる儀式についていくつか書かれている。 「輝星の儀式⋯⋯? 初めて聞きました」 「えっと、説明するのは難しいのですが、輝星の力を何か物体に集めて、対象に力を分け与えるって言えばいいのですかね⋯⋯?」  古代の人々は宇宙を照らし出す輝星の力をさまざまなことに使っていた。その一つが儀式による利用である。  冬だから力は弱く普通は失敗してしまうが、ここはケルの魔法で補強すればなんとかなるだろう。  まさか試験での知識がこんなことに生かされるとは思いもしなかった。 「ケルさん、輝星のペンタグラムって描けますか?」 「いや、初めて聞いた。なんだそれは」  しっかり描くとするとかなり面倒なので簡略化したものを描いてもらおう。威力は下がるがこれもまた魔法で効果は補えるはずだ。 「⋯⋯大円の中に五芒星を描くだけで代用できそうです。リリアさんは⋯⋯用意できる火素か。⋯⋯そうだ、炭を持ってきてくれますか?」 「はい、分かりました!」 ⋯⋯儀式に必要なものは対応するエンブレムと素、そして、代償。 「炭、持ってきました!」  よし、これで材料は揃った。 「それじゃあ、ケルさんはエンブレムに火の魔法⋯⋯そうですね、インフレンマをかけてください。その前に⋯⋯。少し剣で僕の指を切ってくれますか?」  そういうと少し困惑した表情をこちらに向ける。差し出したままの指に痛みが走ることはなかった。 「え⋯⋯。代償を使うって大丈夫なのか?」  一般に代償を用いると聞くと悪魔契約を思い出すようで忌避する人が多い。しかし、これは悪魔を呼び出すわけではないので大丈夫だ。 「これは悪魔を呼び出したりはしないので心配ありませんよ。あと言っておくと魔法は補強のために使うのですが、インフレンマなら影響はほぼないので安心して大丈夫です」  説明すると納得したようで恐る恐る剣を差し出す。 「⋯⋯すまん、俺にはお前を切ることはできないから自分で切ってくれ」 「あ、たしかに力加減間違えたら指が切断されますね。分かりました」  剣の刃の部分に指を走らせると、真っ白い雪を血液が赤く染める。炭をエンブレムの周りに並べ、中心に水を汲んだジョウロを置く。  すると、エンブレムが少しだけ輝き始めた。しかし、今にも消えてしまいそうな頼りない光だ。通常よりも弱々しい光は失敗を意味する。 「ケルさん、エンブレムの真ん中に向かってインフレンマをかけてください」 「インフレンマ」  炎がエンブレムに触れた途端、光が強くなった。どうやら魔法による力の補強は成功したみたいだ。あとは僕が詠唱を行い代償を捧げれば儀式は成功する⋯⋯はず。 「宇宙を照らし出す輝星、対象物に力を与えよ。代償を我が血液とする」  契約事項を述べジョウロの水に血液を垂らす。その途端、エンブレムの光が筋になり血液に釣られるようにジョウロの中に入っていった。 「世界を照らし出す輝星、我が血液をもって契約を終える」  そう言うと、エンブレムから発せられていた光は消えた。儀式は成功したようだ。 「ネスロさん、すごいです⋯⋯」 「ああ、普通に魔法使えるじゃねえか」  いつの間にか奥さんやご主人に見られていたようで少し恥ずかしい。止まらない血液が絶えず雪を汚していた。 「⋯⋯これは正確には魔法じゃなくて魔術なんです。あくまで自分の力ではなくて契約による力なので術者の魔力がなくてもできるんです。ま、まあ! 面倒な話はともかく、早速この水を植物にあげてみましょうか」  儀式によってこの水は輝星の力を持った水ということになる。これを植物に与えれば瘴気によって失った生命力を補給できるだろう。  ジョウロを手に持ち、畑全体に撒くと、最初は効果がないように思えたものの少しずつ萎びていた植物たちの茎が持ち上がり、みるみるうちにハリを取り戻して行った。  葉は健康的な緑色になって先ほどまで枯れかけていたのが嘘のようだ。 「⋯⋯元通りです!」  リリアさんの一声に周りの聴衆がおおっと声を上げる。 「良かった〜! うまくいって」  少しだけ痛む指をギュッと握りしめる。 「こっちの畑も頼む」と言った声があちこち上がる。それが更に指を握る力を強めた。 ⋯⋯瘴気により奪われた生命力を上手いこと補うことができたようだ。僕が、他の人の役に立てるようで嬉しい。これで他の被害にあった畑も元通りにしていこう。
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