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第三十七話「タードの幼少期」
積りに積もった雪の中を鼻を利かせながら歩いていく。案外雪の下の匂いも嗅ぎ分けることができた。
「さてと、この薬草はたしかここら辺に⋯⋯。あったあった」
借りているマジックツリーの枝を振り、メモに書かれた通りに生えている薬草を摘んでいく。ネスロが決闘で使う麻痺薬の材料だ。
「それにしても、便利だよなこれ。魔法が使えなくても誰かが仕込んでおけば振るだけで発動できるなんて」
一振りすると、キラキラと光が降り注ぐ。
「いくらローブをかぶってるとはいえ、この寒さは堪えるな」
一面銀世界。鼻を頼りに雪の下に生えている薬草を探せるのでまだましだろう。ただの人間であれば手当たり次第に雪を掘るしかないのだから。
吹き付ける北風がローブの隙間に入り込み、身体の芯まで凍り付いてしまいそうだ。耳がある分フードの隙間が広くそれが余計にそう感じさせる。
「なんだかんだで役に立ててんだなあ、俺も」
一つそう呟くと、ずっと昔に誰かに言われた一言が頭をよぎった。
——お前はいらない子なんだよ。
訳もわからないまま玄関から外に投げ飛ばされて柔らかな雪の上に転倒する。どこの家も灯りがついていない。皆寝ている時間なのだろう。シンシンと冷たい雪が肌に乗るとジワリと溶ける。
しばらくして耳を澄ますと親、とは思いたくもない奴らの致す声だけがうるさく聞こえる。こんな真冬でも元気なこと。もう少しくらい落ち着いてもらった方がいいだろう。
⋯⋯そもそも、こいつらは産みの親ではない。養子という名前を掲げてただ仕事を手伝わせようとするだけの存在だ。
「生まれなきゃよかった」
また、そう思う。生まれた時から獣人であることでまずは不利な立場に置かれ、実の親には捨てられ、数々の孤児施設を転々としたのちに今度はこの家に着いた。しかも労働力として。
どうせ今日も朝まで外で寝て過ごすのだろう。そして朝起きてみれば即荷物運びに駆り出される。
——ここに来る前はどこで暮らしていたのか?
何もわからない。
——ここに来る前は何をしていたのか。
それもわからない。
——どうして、お前は捨てられたのか?
何もかも、全てが頭の中でこんがらがる。毎日どうして生きているのかも理解できないままなんとなく惰性で生活していた。
することといえば暴言を浴びせられながらする荷物運びの仕事や家事全般、農作業の手伝いだった。
そんな中精神の限界を迎え、家を飛び出し彷徨い歩くことになり数年後。とある仕事に誘われる⋯⋯。
そこでもまた数年地獄を見ることになるのだが。
「あの時はほんとバカだったよなぁ」
草を摘みながらただただ思い出す。そこに憎しみや恨みは持ち合わせていなかった。
なんの仕事も持っていないボロボロの獣人を雇う仕事なんてまともなはずがないのに。と、今になって考えると自分の浅はかさに一つため息をつく。
こう考えていると、今、こうしてのほほんとした暮らしができる身分ではないのだ。ネスロは気づいていないのかもしれないが、あの施設で俺は沢山の人を殺してしまった。それを知ったら、皆はどう思うだろうか。
あのたまに出る正義感の塊のような彼だったら許さないだろう。でも、いつもの親切な様子だったら見逃してくれるだろうか。
⋯⋯気づけば優しさにつけ込むような考え方をしてしまっている自分が一番ひどいと思った。ただ、今は話す勇気がない。
もう一度ため息をつくと、ひんやりとした空気の中を白い息が鳥の羽のように広がった。せっせと摘んでいたからだろう。薬に使う薬草は揃ったようだ。
「よし、行くか」
植物たちに軽く礼をしてその場を立ち去る。言葉がわかるわけではないので特にする意味はないが、彼らも感情を持っているということを知ってからは癖になってしまった。
——雪はいつのまにか止んだようだ。
「あ、来た来た。こんな寒いのに薬草摘みなんてさせてすみません。よかったらこっちにどうぞ」
タードが帰ってきたので暖炉の近くの席を開けて手招きをする。見ているだけでも寒そうだ。
「じゃあそうさせてもらおうか。薬草はこれで足りるか?」
受け取ったカゴの中を見てみると薬を作るのには十分なほどの薬草が入っている。材料特有の香りが鼻腔をくすぐった。
「ありがとうございます! これなら少し失敗しても大丈夫なくらいです。あ、少しキッチンを借りてもいいですか?」
大きめな声で主人に尋ねると奥から承諾の声が来たので早速調合と行こう。腰掛けていたソファーから立ち上がると、足に刺すような寒さが走る。やはり冬は苦手だ。
⋯⋯暖炉を離れたくないという感情が芽生えたが、表に出さないようにその場を離れた。
不意に、この足の冷たさにあることを思い出す。鋭い冷たさ。そんな日は暖かいクリームシチューがぴったりだ。ゴロゴロと野菜がたくさん入ったクリームシチュー。他にもキノコやハーブがそれぞれ調和していてとても美味しかった。
そのクリームシチューが楽しみで、寒い日は好きだったはず。いつからだろう、冬が嫌いになったのは。
なぜか分からないけど、無性に心が苦しくなる。光輝く雪が綺麗な冬も、花が咲き乱れる春も、生き物が皆生き生きとする夏も、紅葉が夕焼けみたいな秋も、全てが嫌いになったのはいつだろう。
——あれほどカラフルで美しく見えていた日々は、いつから色褪せたモノクロの世界になったのだろう。
⋯⋯今そんなことを考えたって仕方がない。だって、再び色を取り戻しかけているのだから。ほんの少し、きっかけがあるだけで人は変われるんだ。
頭を振って暗い考えを振り落とす。やっぱり曇り空が続いているからかネガティブになってしまいがちだ。
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