第三十九話「決闘」

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第三十九話「決闘」

 とてつもなく重いまぶたを無理やりこじ開ける。フワフワとした感覚が身体の不調を分かりやすく表していた。 「よく眠れたか?」  杖に魔法をかけながらケルが僕に言葉をかける。見て貰えば分かると思うが、結局眠ることは出来なかった。 「⋯⋯いや、全然」  大きなあくびが一つ。それになんだか体調も悪い。吐き気のような、気持ち悪さがぐるぐると胸のあたりで凝り固まっている。 「大丈夫だって、昨日あんなに作戦考えたんだからよ」  確かに昨日、できることはしたはずだ。作戦を考え、道具も揃え、使い方も習った。 ⋯⋯しかし、相手がフロールリ村一の天才魔法使い、マレストであると考えるだけであれらが全てちり紙のように思えてしまう。 「作戦って言っても取り繕う程度なんですよね⋯⋯。はぁ、緊張して吐きそう」  なんとか着替えを終えて、皆に心配と応援をされながら宿を出る。一応笑顔は見せたものの、ぎこちないそれは逆に不安を煽ってしまったように感じる。そしてそのまま重い足取りで広場に向かう。すでにマレストが退屈そうに待機していた。  そして僕を見るなりニヤニヤとした顔でこちらに声をかける。 「よお、昨日は不安で眠れなかったか? 安心しろ、すぐに決着つけてすぐ眠らせてやるよ」 「え? あぁ、うん。頑張って」  視界もふらふらとして合わない。寒いし、もう今にも眠りたい気分だ。そもそもどうしてこんなことになったのだろう。 「おいネスロ、俺はお前に話してんだよ。⋯⋯獣人。このままやってもつまらない。なにかしてこいつの目を覚まさせろ」 「あ、ああ。⋯⋯タンペラム」 ⋯⋯なんだか暑くなって来た。それと同時にだんだんと思考もはっきりしはじめる。そうだ、これに勝たなければケルとタードは!  慌てて臨戦態勢に入る。それを呆れたような目でマレストは見つめていた。 「そんなもんでいい。さて、決闘をはじめるわけだが。最後に確認だ。俺は魔法だけで戦うがお前は基本何をしてもいい。そうでしないと何もできないだろうからな。そして、この雪の残っている範囲から出たら負けだ。結界も張ってあるから外野の介入もできない」  そう言った途端環状に雪が溶け、サークルのようなものができた。その魔法に聴衆から「おおっ!」と小さくも声が上がる。空気に飲み込まれてしまいそうだ。 「一つ確認なんだけど、決闘だから殺すことはないんだよね?」 「ああ、殺すことはしない。そんなことをしたら犯罪者だからな。人を殺しておいてのうのうと生きていられるほど図太い神経は持ち合わせていなくてね。⋯⋯審判は獣人、お前がやれ。剣士だから作法くらい知っているだろう」  そう言うとケルに指を指し、偉そうな態度で命令した。 「⋯⋯あ、ああ。分かった。開始はこちらで合図する」  あまりの態度のでかさにたじろいでいるのか少しどもったケルの様子を珍しく思いつつ、背中を合わせ、大股で三歩。ずっしりとした雪が足を縺れさせそうだ。 「よし、それじゃあ始めろ」  お互いに向かい合う。圧倒的な威圧感に僕は顔を上げることもできなかった。視線のやり場に困り、脇の方を見ると、街の人がたくさん見にきていた。それを見て、このままではダメだと意識を目の前の敵に向ける。  杖をギュッと握る。チャンスは一回。この杖に込められた魔法を使う。 「始め」  その声と同時に激しい攻撃を繰り出すかと思ったら、意外にも何もしてこない。互いに睨み合う状態が続いた。  マレストの方をまっすぐ見る。⋯⋯とりあえずこちらは相手の出方を伺わなければ。 「どうした、お前は魔法が使えないから剣で戦うのだろう? だから間合いを取るために近づく必要があるはずだ。そのダガーナイフならなおさらだろう」  その言葉にドキリと心臓が鳴る。奴は隠し持っていたダガーナイフの存在に気付いている。これは高い分析能力によるものなのだろう。 「⋯⋯先にどうぞ」  今はどうでもいい。そんなことよりも、隙をついて近づかなければ意味がない。万全な状態の時に突っ込んでも、意味がない。 「あっそ。ギャチャーレ・サルメント」  その呪文と共に氷の塊が一気にこちらに伸びてくる。あまりの速さに一瞬足がすくんだ。うねるように生きているかのように。蔓のように。冷気を放ちながらそれはこちらに伸びてくる。  我に帰り間一髪。なんとか避けるもののそれを嘲笑うかの如く方向を変えて何度も伸びる。そのスピードに追いつくのにやっとで、攻撃を避けるので手一杯だ。 「エクレール・シュトゥルム」  その声を聞いて咄嗟にその場から離れる。耳を劈く音と共に先ほどまでいた場所一点に稲妻が走った。驚くべきほど正確な魔法だ。これじゃあ隙をつくどころじゃない。しかも恐ろしいことにギャチャーレ・サルメントを発動したまま別属性の魔法を操っている。これが「天才」の力なのかと知らしめているようだった。 「逃げるだけだと、体力を消耗するだけだぞ?」  マレストの言葉通りだ、僕はなんとか近づかなければいけない。一度冷静になって作戦を思い出す。息を整え、思考する。考えることは彼に唯一の太刀打ちできる事だ。話し合ったことを想像し、戦況を分析しなければいけない。 ——それは、昨日の宿での会話だったはず。 「⋯⋯マレストの魔法の隙を見つけて近づき、剣で倒すのは確定として。どうやって近づくかですよね」  相手は魔法でこちらを寄せ付けないだろう。なんとか間合いに入るためにはもう一工夫必要だ。 「それって、動きをとめることができればいいんじゃないか? たとえば、目を眩ませるとか」  ケルの一言で、ある考えが思い浮かぶ。 「マジックツリーの枝に、光の魔法をかけて目を眩ませるとか⋯⋯?」  三人の目が合う。 「それだ! それならきっと⋯⋯!」 「目を眩ませるのに枝に込めるとしたらエクレールでしょうか? かなり距離を詰めないと意味がないですが⋯⋯」 「あ、そういえばネスロ。前に催涙薬を作ってたよな? 麻痺薬とか作れたりしないのか?」  タードの一言でこんがらがっていた糸がピンと張った感覚がした。 「⋯⋯作れる! 麻痺薬、作れますよ!」  早速ペンを借りて紙に作戦をまとめる。 「じゃあまとめますね。まずマレストの魔法の隙をなんとか見つけて麻痺薬で動きにくくさせる。そしたらエクレールが効くような間合いにつめて、最後に喉に剣を突き立てる。⋯⋯これでどうでしょうか?」 ——三人で頷きながら考えた作戦。このとおりにできれば。  胸の中に一筋の光が差したように感じた。まだ本調子ではないが先ほどよりも冷静さを取り戻す。  氷の塊はまたこちらに飛びてくる。稲妻も絶え間なく着地した地点に落ちてくる。どこから攻撃が来るのか、先ほどよりも読める。地面に降りた時と同時に落とさないところから僕の体力が切れるまで遊ぼうとしているのだろう。 ⋯⋯そういえば、ダガーナイフの存在以外確認していないはず。  カバンの中にはダガーナイフと麻痺薬、そして昨日もらったクッキーが入っている。麻酔薬について言及しなかったということはまだ作戦の要である「動きを鈍らせる」ことは気づかれていないだろう。  それに彼の方を見てみるとナイフの間合いに入らせない自信があるのか、自身の周りの防御はないに等しい。麻痺薬の存在を彼は知らないはずだ。  カバンをバレないように触り瓶を投げやすいよう手前に持ってくる。 ——今なら、大丈夫。  着地と同時。マレストが雷を落とすために集中している時を見計らい瓶を投げ込む。放物線を描いて見事彼の間合いへ入った瓶を見届けてからローブで鼻を抑える。咄嗟の瓶の割れた音にマレストは反応できていない! 「⋯⋯クソッ、なんだこれ」 ⋯⋯効いた! 魔法が上手く扱えない状態に戸惑っているのか、魔法の精度が明らかに下がっている。これなら、一気に近づける。  杖を強く握りしめ、間合いに入りダガーナイフを一振りする。 「これで僕の勝ちだっ!」  ダガーナイフを持ち飛びかかる。 ——しかし、僕は衝撃とともにじんわりと強い痛みを覚えた。
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