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第四十一話「暖かい時間、再来」
「はあ、ちゃんと丁寧に仕事をしろよ。お前が負けたのが悪いんだろ」
「うるさい! あんなの絶対に負けだなんて認めないからな。次は絶対に叩きのめしてやる!」
「はいはい、口を動かさないでさっさと手を動かすんだな。ほら、お前が燃やした分の原稿はまだ沢山あるんだぞ」
喫茶店の中に一際賑やかな席がある。そこにはタードとマレストの姿があった。正直作戦とはいえ昨日は雪玉を思いっきり投げつけたり煽るようなことを言ったので気まずく思っている。
そんな僕の気も知らずに、ケルはズカズカと二人の元へ近寄り少しいじわるそうに声をかけた。大人げないなぁと少し思う。
「お、仕事の調子はどうだ? おや、思ったよりもきちんと働いているんだな。まあ負けたんだから当たり前か」
意外だと言わんばかりの表情でマレストに声をかける。しかし彼は完全に無視をしていた。おそらく馬鹿にしていた獣人に仕返しのようなことをされて恥ずかしく思っているのだろう。耳が赤いもの。そんな彼の代わりのように苦笑いを浮かべながらタードが口を開く。
「そりゃあ逃げないように薬屋の婆さんに手繰り寄せ魔法をかけてもらっているからな。何回脱走したことか」
チラリとマレストの方を見てみると懸命にペンを走らせている。しかし僕の顔をみると動かしていた手を止めてこちらにやってきた。また何か言われるのだろうか。少し身構えてしまう。
⋯⋯しかし、かけられた声は予想していたものとは大きく異なっていた。
「どうしてお前はあの時逃げられたんだよ」
視線がこちらに冷たく刺さり、思わずたじろぐ。ただし敵意はなさそうだった。
「えっと、身代わり妖精の儀式を行いました」
そういうと彼は「なるほど」といったような顔でうなずいた。
「へぇ⋯⋯。それじゃああの時俺を挑発するようなことを言ったのも」
「⋯⋯隙を作るには魔力を使い切らせるのがいいかと思って。もし儀式に失敗してたら死んでたけど」
身代わり妖精の儀式。その名の通り、第三者からの攻撃を受けた際にそれを身代わりに受けてくれる妖精を召喚する儀式だ。彼らの好物であるお菓子を渡し、エンブレムを描く。そして呪文を詠唱することでこの儀式は成功する。
自分で言うのもなんだがあの時は本当によく頭が回ったと思う。
「⋯⋯なるほどねぇ。やっぱ、お前には頭で勝てないわ」
「⋯⋯えっ!?」
唐突に言われた褒め言葉に思わず聞き返してしまう。あの村で威張ってばっかりいた彼の口から他人を尊重する言葉が出るとは思いもしなかった。
「⋯⋯なんだよ。でも、賢いだけじゃ魔法は使えない。魔法使いとしては俺の方が優れているからな。ま、まあ、少しくらいなら? 知人として認めてやらなくもないけど⋯⋯」
だんだんと小さくか細くなっていく声がいつもの様子と違い不思議な感覚がする。そしてふとケルの様子を見ると少しだけ耳を垂らして罰が悪そうにしていた。
「は、はぁ」
「とっ、とにかく! 今度はその手には乗らないからな。また決闘だ!」
「いや、しなくていいです。負けるので」
「なんでだよ!」
噛み付いて来そうな勢いでこちらに怒鳴るマレストを手で抑えつつなんとか鎮める。それに見かねたタードが呆れた様子を見せていた。
「お前は口動かしてないでまずこの仕事を終わらせろ。友達になろうなんていきなり言ってネスロが困ってるだろ」
「はぁ!? 別に友達になろうなんて一言も言ってないんだけど! ただ少しくらい頭の隅に置いてやってもいいって思っただけで別にそんな⋯⋯。てかお前引きずるのやめろ! 離せ!」
タードによって引きずられていくマレスト。手足をバタバタと動かしてなんとか離れようとするもそれを軽くあしらわれてしまう。その様子が少しおかしくてクスリと笑った。
「なんか楽しそうだなぁ」
ボソリと呟くが、どうやら聞こえていたようで大きな声で叫びだした。皆は静かに休憩していると言うのに一人だけうるさいので周りの人の目が気になる。
「楽しくねーよ! あー、ほんっとむかつく!」
ようやく席についた後もしぶしぶペンを走らせこちらを睨んでいた。やるべきことはやるんだなぁと彼の意外な一面を見れた気がする。
空いている席に座りフルーツパイを一皿注文する。そして、以前に購入した一つの絵本を開いた。表紙には「タード作」と書いてある。絵柄は確かに子供向けなものの話としては上手く纏まっている。純粋に一読者として本を購入した。
「⋯⋯なんかお前って子供っぽくないよな」
独り言のようなケルの声が聞こえる。
僕に何か用があるのかと思い本を閉じるとまじまじとこちらを見つめる青い瞳と目があった。それに思わず目を逸らす。
「マレストと同い年なはずなのに変に落ち着いているというか⋯⋯。静かに本読むところとか。なんだろうな、違和感を感じる」
「そうですか? 特に意識しているわけではないのですけど」
まじまじと見つめられるのですこし過ごし辛さを感じる。そしていつの間にか机に置かれていたパイを思わず一切れ口に含み咀嚼する。その途端にフルーツの酸味と甘味が絶妙に絡み合い複雑な味となり口内に広がり、思わず笑みが溢れる。やはり街には美味しいものがたくさんある。
「そういうところはまだ年相応だよな」
少しニヤついた顔がバカにしているように見え、少しムスッとしてしまう。
「それってどういうことですか! それより早く食べないとなくなりますよ?」
もっとも、一人で食べ切れるほどの量ではないので杞憂ではあるが。それよりも、昨日聞いた雪まつり。どんな祭りなのだろう。
「⋯⋯そうそう! 雪まつりってどんな感じのお祭りなんですか? 気になります」
楽しめる祭典のようなものは村でほとんどなかったので、実はとても楽しみだったりする。雪まつりと言うくらいなのだから雪像を作ったりするのだろうか。
「ああ、俺も実は参加したことがないんだがせっかくだから参加してみたいなと思ってな」
⋯⋯知りたかった情報は何も得られず、少しだけ残念に思った。しかし、さらに新鮮に感じるだろうと前向きに捉える。
「そうなんですか。じゃあケルさんも詳しくは知らないんですね」
窓を見ると雪まつりを開くのにはふさわしいほどの雪が積もっている。街の人々も明日の雪まつりとやらの準備にそわそわしているようだ。
しんしんと降り続ける雪を眺めつつパイをもう一切れ口に含んだ。甘味と酸味が再び巡り合い、喉へするりと抜けていく。
「⋯⋯美味いな、これ」
「ですよね! もー、美味しいものがたくさんあるからいくらお金を持ってても足りないです」
またまた、パクッ。口の中でとろけていく果実のコンポートがやはり笑みを零させるのだった。
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