第四十二話「雪まつり」

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第四十二話「雪まつり」

 ゆさゆさと身体が揺さぶられる。珍しい感触に目を開けると、目の前には青い二つの宝石が輝いている。 「⋯⋯うわっ! なんですか、顔近づけて」  のしかかっている少し重い身体。肩にかけられた手。これはいよいよ非常食として喰われるのかと思えるような体制だ。 「おい! ネスロ見ろ! すごいぞ外!」  肩を強く揺さぶられる。何事かと思いカーテンの隙間から少しだけ窓を覗いてみると、昨日の街とは全く異なる風景が広がっていた。眩い雪が、それをさらにきらびやかにしている。 ⋯⋯街の建物から建物へと伸びていくカラフルなガーランド。誰かがいつのまにか作ったであろう雪像が至る所に置かれている。  木々には沢山の飾りが取り付けられ、町全体が色とりどりで華やかになっていた。これを一晩のうちに仕上げたのだろうか。 「外に出てみよう!」  その景色に呆気にとられていたところをグイッと手を引かれ階段を降りる。今日は珍しく宿は静かだ。 「おや、その様子だと雪まつりに行くんだね? 寒くなったらいつでも帰ってきなさい」 「はい! ところで、リリアさんは?」 「ああ、彼女ならもう外に出て楽しんでいると思うよ。小さい頃から憧れていたようでね。我先にと飛び出していったよ」  声を出しながら笑う主人につられて笑顔になる。リリアさんの意外な一面を知ることができた。 「今日は一段と寒いからミルクティーを淹れてあげるよ。楽しみに待ってな!」  厨房から威勢の良い奥さんの声が聞こえる。それに対抗するように僕も深く息を吸う。 「はーい! ミルク多めでお願いします!」  大きな声を出すと気持ちがいい。すっかり目覚めたようだ。 「よし、それじゃあ行くぞ」 「うん!」  高鳴る胸を押さえつつ、ドアを開ける。 ——そこは、別の街にいるようだった。 「わあ⋯⋯。すごい」  楽しそう。それが第一の印象だった。  ここ最近は雪によって基本白に覆われている街並みに赤や青、緑といったガーランドの色が映えている。  またあちこちで露店が開かれているようでどこも賑わいを見せていた。いい香りも漂っている。美味しいものは、必ずある! 「⋯⋯うっ、寒い!」  そういえばまだ着替えていない。すぐに部屋に戻り支度をすることにした。  再び宿から出て辺りを見渡してみると、やはり沢山の露店が出ている。街のメインストリートの端をずらっと並んでいる露店は圧巻だ。そこでいくつかの食べ物を買い、広場のベンチに腰をかける。  カリカリとしたラスク、ドライフルーツのたくさん入ったバターケーキ。その他にもあまり食べたことのない食べ物もたくさん売っている。  そして、どれも例外なく美味しい。 「そうだ、これ食べてみるか?」  すると彼は口から棒を引き抜き、手渡される。薄い丸板のようで先が見えるほど透明だ。色は黄金色をしている。匂いを嗅いでみても特徴的な匂いはしない。 「なんですか? これ⋯⋯」  恐る恐る口に含むと物凄い甘味が足から脳まで一気に駆け巡った。しかし硬い。噛んでみてもなかなか噛みきれない。 「うん、甘いですね。でもすごい硬いです」  このままでは歯が折れてしまいそうだ。 「これは舐めるものだぞ。⋯⋯飴って食べたことないのか?」  この甘くて綺麗な板は飴というのか。本当はもう少し楽しみたかったがねだるのも意地汚いと思われそうで躊躇した。 「はい、村では見かけなかったので初めて食べました。⋯⋯氷みたいで綺麗ですね」 「そうなのか、まあ俺もそんなに何回も食べたことがあるわけでもないが⋯⋯。そうだ、お腹も膨れたし散歩でも行くか」 「そうですね。雪像を見て回りましょう」 「飴、好きか?」 「⋯⋯美味しい、ですね。好きです」 「ならこれやるよ。結構溶けたけど」  ひとまわり小さくなった黄金色の板を差し出される。 「あ、自分で買いますよ。そんな気を使わなくても」 「そうか? ならあそこの露店に売ってるぞ」 「分かりました! 少し待っててください!」  お金を握りしめ、露店に向かって走る。その先には、色とりどりの透明なガラス細工のような飴が売っていた。 「いらっしゃい! 坊や、何味がいい?」  赤、黄色、オレンジ⋯⋯。様々な色の飴が輝いている。 「⋯⋯マスカレート味って、ありますか?」  ふと思い出したあの味が、無性に食べたくなった。飴とマスカレート。どんな味なんだろう。 「ごめんよ、マスカレート味はないんだ。でも、リンゴ味なんてどうかな? 美味しいぞ〜」 「分かりました。それください!」  お金を払い、赤い球体のような形をした飴を受け取る。中には小さなリンゴが入っているようだ。  一口食べてみると、リンゴのほのかな味と強い甘味が口の中で踊り出した。 「⋯⋯あ、ケルさん待たせてたんだった」  飴をくわえながら、まったりと歩みを進める。じわじわと溶けていく飴が幸せな気持ちにしてくれた。 「これもすごいですねぇ」 「だな、これだけ大きいものを夜に作るなんてすごいな」  石像の沢山作られている住宅街の中を進む。小さな可愛らしいものもあれば、大きな見応えのあるものまで。幅広い種類、大きさの雪像が至るところに作られている。 「あ、リリアさん!」  見覚えのある後ろ姿に思わず声をかける。彼女も気づいたようでこちらを向くと軽く微笑んだ。 「お、ここにいたのか。それにしてもこの雪像達、見事なものだよな」 「ええ、ネスロさんとケルさんのおかげで獣人が差別されることも最近はめっきり減ったので⋯⋯。今までずっとこの日は出かけていなかったんです。憧れだった大きな石像も見ることができて、感動しました!」  たしかにケルが誘拐された人々を助けたり、輝星の儀式を成功させて作物を助けたりしてからケルやリリアさん、タード。いや、獣人たちに対する街の人の態度が変わっていった気がする。  入店拒否とデカデカと書いてある看板もいつの間にか全く見かけなくなっていた。 「たしかに、以前よりも出かけやすくはなったよな。そもそも入店できる店が増えたのが大きい」 「初めて来た時なんてほとんどの店に看板掲げてあったよね。そう考えるとなんだか素敵な街になったなって」  豊かな自然、綺麗な街並み、過ごしやすい気候と気さくで優しい街の人。ただ一つの欠点である獣人達への差別がいつのまにかなくなっていて、住むにはとても良い場所になった。 「この街は本当に素敵なところになりましたよね。あ、そうだ。そういえば二人ってこの街に外から来たんですよね。よかったらお話ししてくれませんか?」 「うーん、いいですけど僕に話せることなんて何もないですよ? 森に入って薬草を摘んだり薪を運んだり荷物持ちをしたりしてただけですからね」 「なるほど、それで調合が得意なんですね。薬草の知識も豊富ですし⋯⋯。それに、とても優しいです」  突然にそんなことを言われるので少し照れる。それに、全然優しくはない。なんならそこらの人と変わらないだろう。 「⋯⋯いや! そんな褒めるものじゃないですから! ところでっ、ケルさんはどんな暮らしをしてたんですか? お母さんから狼の獣人はあちこちを転々とするというのは聞いたことが⋯⋯」 「そうだな、いろんなところに行ったぞ。例えば⋯⋯。険しい山に入ったこともあるし、寒い北の方にも行ったな⋯⋯。でも最近は定住する者も増えているな」  この寒い中でも平気な理由が分かった。けれど、暑さには弱そうだ。 「へぇ⋯⋯。僕は寒いのが苦手なのですごいです」  その言葉の通り、今は何枚も服を重ねて着ている。それでも震えているのだから本当に苦手なのだろう。 「まあな。暑いのよりはだいぶ楽だ」 「暑さは私も苦手ですね⋯⋯。この、 地域は気温も穏やかなのでまだ過ごしやすいですが⋯⋯。ところで、占いがあっちでやってますよ! よければ二人もどうですか?」  キラキラと目を輝かせながら楽しそうに話す。どうやら占いなども好きなようだ。 「どうしようかなぁ。お金、たくさんあるわけでもないし⋯⋯。って、ケルさん?」 「よーし! 早速占ってもらおう!」  グイグイと手を引かれる。それに抗うように引っ張ってもびくともしない。 「ちょっと! どのくらいお金が必要なのかも分からないんですよ!?」 「大丈夫だって! 魔物を売った金と今まで売ってた精油の金でたんまりあるんだから。今日ぐらいパーッと使っちまおうぜ!」  計画性のなさに少し苛立ちを覚えながらも彼の「今日くらい」という言葉にまあいいかと思い抵抗を止めた。
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