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第四十三話「僕の過去、そして未来」
「すみません、ここって占いをしてもらえるんですか?」
テントのような建物の中は暗い。真っ黒なマントを被った老婆に声をかける。なんだかお化けのようで不気味だ。
水晶、水桶、何かの動物の頭蓋骨。どれも占いの道具だろう。
「ええ、私の占いはよく当たるのさ。どうだい? 今日は雪まつりの日だから特別に500タリスで占うよ」
なるほど、それなら占ってみてもいいかもしれない。しかし、それでもなお今大切な時にお金を使ってもいいのかと揺れ動いていた。
「な? 500タリスなら問題ないだろ?」
後ろからボソリと声が聞こえる。その声に押されるまま頷いて、1000タリスを取り出す。
「では、1000タリスで僕と彼を占ってください。お願いします」
「おや、珍しいねえ。お友達かい?」
「お友達⋯⋯というより仕事の相棒⋯⋯というか。そう、パーティです! パーティ」
それを聞いて老婆は軽やかに笑う。それに聞き覚えがあった。どこか落ち着いた、優しい声。
「⋯⋯もしかして!」
そういうと彼女はフードを脱ぎ顔を出す。薄暗いテントの中、最初はわかりにくかったものの、フードの奥から出てきた顔は薬屋のおばあさんのものだった。
「ハハハッ、びっくりしたかい?」
「もう、僕たちはパーティだって知ってるじゃないですか! 占いお願いしますよ!」
「サービスだ、無料で占ってあげるよ。さ、この水桶に手をかざしてご覧」
無料と聞いて躊躇していると背中を押されて水桶に手をかざす形になる。その途端、水面が波立ち始め光を放つ。手相から生きてきた証を水鏡に移しそこから占いを行うのだろう。
ケルもまた僕の肩に手を置き、ジッと水面を見つめている。
「ほら、見てご覧。すぐに過去が映し出されるはずだよ」
ピタリと波が鎮まる。それは一面の鏡のように物を反射している。その中にぼんやりと一つの光が生まれた。
「⋯⋯お母さんとお父さんだ」
今思えば決して大きくはないけれど、小さな体から見たらお屋敷のようだった家。沢山の絵本や図鑑が置いてある本棚に、お父さんからもらった綺麗な石。
どれもこれも、宝物で、輝かしい思い出だ。
「懐かしいなぁ⋯⋯。あの石、どうしちゃったかな」
そう呟いた時、水面が急に暗くなる。どうやら夜が来たようだ。木がざわめき揺れている。激しい雨の水滴が、窓を乱暴に叩いている。
「⋯⋯お母さんが泣いてる?」
それに気がついた途端、血の気が引いた。
——今映っているのはお父さんが死んだ時だ。幼い時に見た、当時の僕には信じられなかった出来事。
研究職だったお父さんも戦争に駆り出され、その後家に帰ることもなかったこと。
つまり、これは僕の今まで生きてきた過去を全て映し出す。明るいものだけでなく、暗いことも辛いことも悲しいことも何もかも。
その途端、おばあさんの手が動きを止める。水鏡に映し出されていた僕の過去は、ゆらゆらと形を変えて、溶けるように消えていった。
「すまなかったね、君にそんな過去があったなんて知らなくて⋯⋯。どうしようか、やめておくかい?」
正直、見るのは辛い。今だって心臓は高鳴っているし、目を背けたい。
——でも、ずっと振り返らないでいい訳がない。強く、生きていくために。
「気にしないでください。僕も言ったことありませんでしたし⋯⋯。でも、続けてください。⋯⋯いつかは過去に向き合う必要があるって思ってたんです」
「⋯⋯わかった、辛くなったらすぐに言うんだよ」
手が動くと同時に溶けたはずの映像も再び息を吹き返したかのように動き出す。ゆらり、ゆらりと元の形を取り戻しながら。
夕暮れの中悲しげな表情を浮かべるお母さん。これは魔力検査を受けた帰りだろう。手をつなぎながら歌を一緒に口ずさんで帰ったあの日。晩ご飯の話や、星の話をしながら空を見上げている。
そして、何回も魔法の練習に付き合ってくれているお母さんの姿。毎日一生懸命働いているのに魔法を欠かさず教えてくれた。
「きっと大丈夫! 魔法、使えるよ!」
その声を信じて、信じて、信じ続けて僕も練習を頑張ってきた。
⋯⋯そういえば冷たくなった手を握って一人で泣いていたっけな。
暗い部屋、ベッドに横たう細い体。薬を買うお金もなく、治療も受けられないまま苦しみながら旅立っていった。
青白い月明かりが白い肌を照らし出していた。
最後に手渡された、遺書を遺して。
ネスロへ
この手紙を読んでいるということは、私は無事にこの手紙をあなたに渡せたということになりますね。私は、もう長くありません。これは、薬でも治らない。治療もできない呪いなのですから。
あなたは走った黒い閃光がこの家を突き刺した瞬間に産まれた命なのです。最初は何事もなかったものの、だんだんと私の身体は呪いによって蝕まれていたのです。
あなたが魔法をうまく使えないのも、おそらくこの呪いが原因でしょう。
⋯⋯でも、あなたには魔力が残っています。ただ、呪いによって奪われ、力を封じられているようなのです。
金庫に、魔法学校を受験するためのお金があります。
必ず一年に一度受験し、その封印を解いてください。
頑張ってね。
ヒラリと落ちた、一枚の手紙が足元に着地した。
それからは、馬鹿にされる日々。同情の目と僻み、そして無能への冷たい視線が心を蝕む村での日常。
——森で植物達と話をする日々。
村でも話す人がいなくなった僕は、必然的に森へ足を運ぶようになる。茂みをかき分けて、あの綺麗な泉へ。
⋯⋯村が騒がしい。どうやら誰かが来たようだ。広場に集められた僕はずっと俯いたままだ。水で滴るフード。そんなみすぼらしい僕の前に誰かが立ち塞がった。ローブを被った獣人の男。思わず彼の顔を見るとニッと笑った。
ついに、水面には何も映らなくなった。
「⋯⋯お前、大変だったんだな。まだ小さいのに」
「しょうがないことですよ。もう終わったことですし⋯⋯。ところで、聞きたいことを決めなくちゃ。そうだなぁ、結局のところ僕って魔法を使えるようにはなるんですか?」
もしも使えるようになれたなら今のうちに夏を過ごしやすくする魔法を覚えたい。
「⋯⋯そうだねぇ。使えることには使えるようになるんだが、本当に少ししか使えないみたいだ。例えば火種を生み出したり、軽い物を動かしたりはできるね」
「そうですか⋯⋯」
その現実に落胆する。これでは涼しくする魔法なんて夢のまた夢だ。
「けどね、未来というのは変質しやすいんだ。私の占いが当たるっていうのはその人が私の占いの結果を信じてその未来に向かって進むからであって、いくらでもこの未来を変えることはできるんだよ」
「そうなんですね⋯⋯。でも、大変そうです」
ハァと一つため息をつく。
「それじゃあ次は君、さっきみたいに手をかざしてご覧」
「おう、これでいいか?」
先ほどと同じように水面が波立ち始める。しかし、その後に起こったことは僕とは全く異なっていた。
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