第六話「マジックツリーの枝」

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第六話「マジックツリーの枝」

 道なりに歩みを進めていくと、一本の大きな木が生えている。大きな幹の先にいくつも分かれた太い枝がワサワサと木の葉を揺らしている。その幹の太さから見るにかなりの老木だろう。  少し休憩ということで、根本に腰をかけると木陰特有の湿り気が肌にじんわりと感じられ、森の中にいた時を思い出させる。  この葉のささめきが僕の心を落ち着かせる。サラサラとした滑らかな音は無心になって休むことができた。 「ここら一帯は草原なのに、一本だけ木が生えているんだよなぁ。もともとは森だったのに、どうしてこの木だけ残されたんだろうな」  不思議そうに尋ねる彼は向こうまで伸びる野原を見つめている。それはどこまでも続いている様に見える。先には何があるのだろう? 僕が知らない事や、知らない場所、見たこともない景色や文化が沢山あるんだろう。  木の幹に触れ、葉の様子を確認するとこの木が残されている理由が分かった。  この木はマジックツリーという魔力を保有している木であるからだ。それ以外は他の木と大きく変わることはないが、伐採や加工に多くの魔力を必要とする。よって、畑を切り開く時などはとても面倒なものなのだとか。 共生する道を選べばいいのに、とその話を聞くたびに思い出す。  しかし、この木で作った小物は魔法使いの間で使いやすいとして高級品である。特にこのマジックツリーの枝から作られた杖は魔力を含有しているの術者の魔力を底上げするしなやかな杖として、時にはものすごい値段がつけられることも珍しくない。 「ああ、これはマジックツリーですね。この大きさだと伐採するにはかなり魔力が必要なので切ることができずに取り残されたのでしょう」  まあ、マジックツリーの伐採や加工ができるほどの魔力を持っている人はそうそう多くないし、マジックツリーの杖なんて手にできるのは本当に一部の裕福な魔法使いだけなのだが。 「この木の近くにいるとやはり身体が軽くなりますね」 「そうか? 特に何も感じないんだが⋯⋯。」  魔力が少ない分補給できるところがあると身体が楽だ。ありがたい。  マジックツリーの魔力の恩恵を受けて歩き続けたことで消耗した体力を回復させる。 「そうそう、マジックツリーの杖って知ってます? 枝を加工して売ることができればお金稼ぎはできそうですが、魔力がないと採取できませんからね⋯⋯。僕の魔力なんてたかが知れてますし」  そう声をかけたものの返事がない。彼はいつの間にか眠ってしまったのだろうか? そういえば、今日は早く起こしたから疲れていたのかもしれない。  マジックツリーの葉の揺れる音に僕も眠気を感じてきた。心地いい湿り気に肌が触れつつ、目を閉じて風を浴びていたところ、つんざくような悲鳴が野に響く。  思わず飛び上がりあたりを見回しても草原、草原、草原。日はまだ高いので魔物が人間を襲っているわけでもなさそうだ。  思いあたる節があるとしたら、マジックツリー。 「なっ、何やってるんですか! ケルさん!」  彼をみるとなんと、マジックツリーの枝を素手で折っていたのだ。太めの枝は無残にもボッキリ折れてしまっていた。 「え、これを杖にすれば売れるんだろ? ほら、とりあえず一本だけ取れたぞ」  疲れた様子も見せずに身軽に地面に降り立つ。マジックツリーの枝を折れる人って一体⋯⋯。 「⋯⋯ケルさんって魔法を使えるんですか? 魔力がないとマジックツリーの枝は採取できないはずなのですが」  この木の枝を折ることができたということは結構な魔力の持ち主である。しかし彼が魔法が使えるなんて一度も聞いたことがないし、もし使えるとしたら魔法使いをパーティに入れたりはしないだろう。  この相反する状態に僕は混乱しつつ話を聞くことにした。 「まあ魔法の練習してないから使えはしないが、その話を聞くと魔力自体はあるみたいだ。覚えることが多すぎて勉強してこなかったが、小さい頃にちゃんと練習しておけば良かったな。」  ローブに絡まった葉を摘んでとりながら「ハハハ⋯⋯」と笑う彼を横目にヒステリックに叫んでいるのはマジックツリー。 これは余程痛かったのだろう。  頭上から降ってくる怒鳴り声に耳を塞ぎたくなる。 「なんですかこの獣は! 痛み止めの魔法も無しに枝をボキボキと折るなんて、信じられません! ああ枝が滲みて痛いこと痛いこと」  いきなり枝を折られたのでマジックツリーもお怒りだ。こういった時に植物の言葉が分かるというのも少々面倒である。 「ご、ごめんなさい。私から彼に伝えておきますので許してください⋯⋯」  こちらの事情を知らない彼は僕を一人で話す変人であると思っている様で、じっと視線を離さない。  まるで幽霊でも見たかのようにこちらを見てくる。 「いきなりどうしたんだ? 一人でぶつぶつと⋯⋯」   「ケルさん⋯⋯。魔力があるなら痛みを感じさせない魔法くらいは覚えましょうよ⋯⋯」  本当はこれを言うべきか悩んだ。植物と話せるなんて言って、気持ち悪がられたり、軽蔑の目を向けられることが多かったからだ。  植物と話せるからって役に立つことはないし、無能の上頭がおかしいだなんで思われたら、嫌だ。 ——でも、もしかしたら。もしかしたら、僕のこの特技が役に立てるのかもしれない。  彼は少し悩んだ末、一つの結論にたどり着いたようだ。その顔は、信じられないと思っていることを示していた。  それは決して不気味に思うような驚きではなく、好奇心から来るものであるのが尻尾の揺れから理解できた。  変に思われていないことに気づき、安堵する。 「その様子だと、お前は植物と話せるのか!?」 「まあ、話せるから役に立つってことはないのですが⋯⋯。とりあえず! マジックツリーにきちんと謝ってください!」  いきなり木に謝れと言うのもおかしな話だが、怒っているのは事実。これで機嫌を取り戻してくれればいいが。  彼は意外にも素直に木に向かって頭を下げた。 「す、すまなかった⋯⋯。植物の言葉が分からない故、このような無礼を」  枝を折った大木に謝る光景は、一般人からみればシュールだろう。人がいなくて助かった。  マジックツリーは謝罪を受け入れたのか、軽く咳払いをしてこう告げる。 「⋯⋯まあいいでしょう。それにしても珍しいですね。人と獣人が共に歩くというのは。長い間ここで見ていましたが、パーティに仕方なく入れていたようでした。あなたのようにしがらみなく接しているのを見るのは久方ぶりです」  いや、マジックツリーの言うことは間違っている。僕だって、他の奴らとそんなに変わらない。 ——偏見や差別がこんな簡単になくなるなんて、ありえないのだから。 「⋯⋯私も、奴らと同じですよ。僕はそんないい人ではないし、人間というのは⋯⋯。そんなものです」  少しの沈黙のあと、落ち着いた声色で語りかけるように話す。老木なのだろう。話すと気品を感じられる。 「そうですか、植物と違って獣人と人の関係は面倒ですね。ただし今は一緒に行く仲間なのですから互いに支え合いなさい。私たちもあからさまな差別を見るのは不愉快ですからね」 「はい、気をつけます。⋯⋯ありがとうございます」  それから彼女が言葉を発することはなかった。気高くも無礼を抱擁できるところからやはり長い時をここで暮らしていたのだろう。 「とりあえず、これ持っておけ。今の杖よりは使いやすいだろ」  ケルからマジックツリーの枝を手渡される。ズッシリとしっかりした重みがあるものの決して重すぎるというわけでもなくむしろ丁度いい。試しに振ってみるとしなやかとして確かに振りやすい。 ⋯⋯そもそも魔力が無いに等しいので杖を変えたところで魔法が放てるわけではないのだが。 「ありがとうございます。では、今日からはこれを使いますね」 「そうだな。新しい道具も手に入ったところで⋯⋯。よし、出発するか!」  そういうとかぶっていたローブのフードを深くかぶり直し立ち上がる。これでは夏が大変そうだ。 ——人のいる場所に行く時は獣人はローブをかぶり、毛に覆われた肌を晒してはいけないという有名なマナーがある。このようなマナーやルールは沢山存在していて、彼らは日々それに違反しないよう生活をしなければいけない。それと、街が近づいて来たのだろう。まだ少ないものの人とすれ違うことが増えてきた。 ⋯⋯もしも魔法が使えたのなら、冷却魔法を使いたいなぁなんてぼんやりと思った。  休んだからか、この枝のおかげか、とても快適だ。このままどこまでも歩いていけそうな気がする。
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