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「どうして、私が知らない表情をあなたが知ってるんですか? お姉ちゃんは……夏雨は、私の前でこんな顔したことない……っ!」
「ああ、それはねぇ」
と、葛城はちょっと眉を下げる。
「お姉ちゃんだから、じゃない?」
「お姉ちゃん、だから?」
「夏雨さん、よく言ってたわよ。妹はとってもしっかりしているって。お姉ちゃんなのにずっと迷惑をかけっぱなしだって」
そんな、迷惑なんて。そんなこと、思ったこともないのに。
だって、夏雨は身体が弱い。だから、私が夏雨の面倒を見るのなんて当然のことなのに。
「お姉ちゃんをさ、演じようとしてたんじゃない?」
演じる。
こんな汚部屋に住んでいるくせに世間の望む天才を演じることに長けた葛城は、こともなげに言う。夏雨の可愛い顔を知っているのは、恋人である彼女だけ。
心底悔しかった。
「……この夏雨、すごく可愛い」
「うん、そうね」
ぱたん、と葛城は夏雨の写真をふせる。
「……四条夏雨という天才が、私の恋人を演じてくれていたときの写真だからね。すごく、すごく、可愛いでしょ」
プレイ・ア・ロールっていうじゃない、と葛城は続けた。
中学生の英語の教科書にも載っている、初歩的な英熟語だ。
役割を演じる。
人間は社会的な生き物であるからして、役割を演じ続けて生きている。
「……わかりません」
夏雨は、私の前では完璧な姉を演じていて。
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