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夏雨にとっての「世界」は、病室と、小さな自宅と、たまに通うことのできる学校の保健室……そのほかには、ポータブルDVDプレイヤーの窓から覗く映画の世界だけだった。
夏雨はよく私を病室の清潔な布団に招いて、いっしょに映画を観てくれた。
画面の中の恋に、冒険に、恐怖体験にきらきらと瞳を輝かせる夏雨と、私は数え切れないくらいの映画の世界を共有した。
そんな彼女が生前、もっとも輝かしく過ごしていた最後の夏。その登場人物こそが、この汚部屋の主である葛城陽菜なのである。
それを思うと、じくりと胸が痛む。
この女がどんな人間なのかを見極めたい――そうして、できうることならば葛城陽菜という人間が四条夏雨に相応しくない女だったのだと、そう確信して溜飲を下げたい。
……正直言えば、ぶん殴ってやりたかった。それが出発点。
それが、葛城陽菜のアシスタントとして働いている私の腹のうちだった。なんて不純な理由だろう。いや、ある意味純粋であるともいえる。
この憎き女の痛い腹を探るためには絶好の、アシスタントという立場を手に入れた。仕事は仕事で誠実に――そんな姿勢を演じて、葛城を油断させてやる。
もう葛城の家に通うようになって、二ヵ月。ひとつ、誤算があった。
「……監督?」
真剣にモニターをにらんで作業に没頭している葛城に声をかける。
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